
わが子はいくつになってもかわいいものです。とはいえ、適切な距離感をとることができずにいつまでも子離れできないと、わが子からの「まさかの対応」に面食らってしまう日がやってくるかもしれません。とある親子の事例を通して、親子間で生じる「思わぬトラブル」と、そうならないための予防策をみていきましょう。牧野寿和CFPが解説します。
“老後の目論見”が外れた70代夫婦
――親としてのプライドはないの?
寡黙な夫Aさん(74歳)と、世話焼きで快活な妻Bさん(70歳)。ふたりは都内郊外の戸建に暮らしています。夫婦の収入は月額約21万円の年金のみで、現在の貯蓄残高は約480万円です。
そんなふたりには、自慢のひとり娘Cさん(40歳)がいます。
Cさんは、教育熱心だったBさんの厳しい教育の結果、国公立の難関大学に進学し、国家公務員採用総合職試験に合格。いわゆる“キャリア”となりました。
娘が採用試験に合格した当時、夫婦、特にBさんは「これで老後は安泰」と安心。また近所の人たちからもうらやましがられ、鼻高々でした。
しかし、社会人となったCさんは、Bさんがいくら連絡しても「忙しい」の一点張りで、なかなか家に寄り付きません。たまに帰省しても、少し顔を見せてすぐに帰っていきます。
また、BさんがCさんの家を訪ねても、Cさんは夜遅く帰って朝も早くから出かけて行き、じっくり話す時間はなく、部屋を掃除をして帰るの繰り返しでした。そのため、Bさんは年々Cさんの言動に不満を募らせます。
そんなある日のこと、Aさんが自宅で転倒して足の指を骨折してしまいました。Aさんは治療のため2週間入院して、退院後は自宅からリハビリに通っています。
夫のケガをきっかけに今後の生活がより心配となったBさんは、「いよいよCちゃんに戻ってきてもらわないと。お金も心配だし」とAさんに話します。しかしAさんは「Cは忙しんだから心配をかけるな」と一向に話し向き合ってくれません。
しびれを切らしたBさんは、Cさんに「至急帰ってくるように」と連絡。仕方なく帰省したCさんが実家に着くやいなや、Bさんは「自分たちに援助してほしい」という趣旨の話をしました。
するとCさんは今までに見せたことない形相でこう言い放ちます。
「はぁ……。ねえ、お母さんには親としてのプライドはないの?」
親の言うことは何でも素直に聞く思っていた娘のまさかの反応に、Bさんは絶句します。またCさん自身も、とっさに発した自分の語気の強さに気まずくなり、黙って自室に閉じこもりました。
寡黙な夫が口を開く
ここまで一切口を出さなかったAさんは、Cさんが自室に戻ったことを確認して、Bさんに聞きます。
「親が窮地になればCがなんとかしてくれるのは当然だと、母さんは本気でそう思っていたのか?」
実際、夫婦は収入に見合わない額の教育費をCさんにつぎ込み、その後は住宅ローンを完済すべく定年退職までに繰上げ返済を重ねた結果、老後の生活資金を準備する余裕はありませんでした。
Bさん「当然でしょう。貯金だってあと500万円もないし、破産するわよ」
Aさん「でも、家計は毎月20万円で切り盛りできていたし、僕が入院した時も、高額療養費制度や生命保険の入院特約の給付金で、医療費や入院のために支払った費用は賄えたと言っていなかった?」
Bさん「それはそうだけど……」
Aさん「いまさらなんだが、老後の面倒を見てもらいたかったら、Cをこの家から手放してはいけなかったんだよ。2年前だったか、昇進報告の時は笑顔で帰ってきただろう。Cは決して親を忘れてはいないよ」
