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金融市場における「うまい儲け話」は存在するか?元外資系トレーダーが目撃した「100億円稼いだ男」の末路

金融市場における「うまい儲け話」は存在するか?元外資系トレーダーが目撃した「100億円稼いだ男」の末路

「短期市場だけで100億円稼いでいる奴がいるらしい」「100億稼いだ真相を一ヶ月で突き止めろ」リーマンショック前夜の2008年夏、ゴールドマン・サックスの金融トレーダーとして働いていた著者が上司から命じられたミッション。存在するのかどうかも分からない“儲けのレシピ”を探して奔走した著者が、4年後に知ることになる衝撃の真実、そして、そこから見えてくる「お金」「投資」「成功」の本質とは? 田内学氏による著書『お金の不安という幻想 一生働く時代で希望をつかむ8つの視点』(朝日新聞出版)より一部を抜粋して紹介します。

誰も教えない「儲けのレシピ」

「100億稼いだ真相を一ヶ月で突き止めろ」

そう命じられた僕は、途方に暮れた。

そもそも100億円を稼ぐ方法など、本当に存在するのだろうか?

書店やネットを探してもそんな情報は出てくるはずがない。もし魔法のような儲け方があるなら、それはごく一部の人が密(ひそ)かに守り続けている「秘伝のタレ」のようなものだ。

考えてみれば、当然だ。

もしケンタッキーフライドチキンの味が自宅で再現できれば、誰もわざわざ店に行かない。秘伝のレシピは門外不出だからこそ、価値がある。

金融市場の儲け話でも同じことが言える。

たとえば、「月末のエクステンション」という現象がある。月末に年金ファンドが運用方針に従って大量の国債を購入することがある。そのとき、国債価格は上昇しやすい。

もし、それを事前に予測できれば、一儲けすることができる。月末前日に買い、翌日に売るだけで利益が出る。一般に国債の値動きは小さいが、1,000億円買って、価格が0.5%上がれば、一日で5億円の利益になる。


でも、この情報が世間に知れ渡ればどうなるだろう?  自分だけでなく他の人たちも月末に一斉に売ろうとする。市場に売りが殺到し、むしろ価格は下落する。


つまり、情報が広まった瞬間、儲け話は成立しなくなる。


秘伝のレシピは限られた人間が密かに使うからこそ価値があるのだ。1970年代にその名を馳(は)せた伝説的な投資家リチャード・デニスもこれをよく理解していた。彼は、ある実験を行った。


自ら編み出した投資手法を、まったくの素人に教え、本当に儲けられるかどうか試したのだ。新聞広告で集まった初心者たち──通称「タートルズ」はデニスの教育で大成功を収めた。


ただし、デニスは「この手法は5年間、決して口外するな」とタートルズたちに厳命した。自分の手法が広まれば効力を失うと、彼は熟知していたのだ。


ちなみに、ケンタッキーの秘伝のレシピは、アメリカ本社の金庫に厳重に保管されている。世界でこのレシピを知る者は、ごくわずかだという。

本当に効力のある儲け話は、決して広まっていない。だから、金融業界をどれだけ駆け回っても、「100億男」の真相に辿(たど)り着くのは難しかった。


ならば、自力で探すしかない。1ヶ月間、寝ても覚めても市場データを分析し続けた。
過去の取引パターンを洗い出し、短期金利市場の細かな動きを徹底的に追いかけた。しかし、得られたのは疲労と無力感だけだった。


無情にも約束の1ヶ月が過ぎた。


「……すみません、そんな方法は、見つけられませんでした」と伝えるしかなかった。


正直、自分の無力さが情けなかった。


いくつかの可能性については報告した。だが、それは答えていないのに等しかった。


上司は黙ってうなずいただけで、その目に宿っていたのは静かな失望だった。僕に見切りをつけ、例の「100億男」を迎え入れるかもしれないと覚悟をしていた。しかし、待ち受けていたのは、衝撃的な事実だった。

「100億男」の末路と教訓

「100億男」の真相が明らかになったのは4年後のことだった。

ウォールストリート・ジャーナルのトップニュースに彼の名前が掲載された。


見出しを目にした瞬間、「結局そういうことか」と力が抜けたのを覚えている。


彼は──逮捕されたのだ。


LIBOR不正操作事件。世界の金融市場を揺るがす巨大スキャンダルだった。


100億円を簡単に稼ぐ方法──やはり、そんなものは存在しなかった。


彼は、自分の取引を有利にするため、複数の金融機関を巻き込み、短期金利「LIBOR」を不正に操作していた。その影響は甚大で、事件に関与した金融機関が支払った制裁金の総額は1兆円を超えた。関係者は次々と逮捕され、彼自身も禁錮 (きんこ)14年の判決を受けることになる。

どれだけ必死に100億円儲ける方法を探しても見つからないのは当然だった。方法そのものが不正だったのだから。


もちろん、不正は許されない。しかし、合法の範囲でも投資には常に「情報の非対称性」が存在する。有利な情報を持つ者と持たない者が、同じ市場で戦う。それがアマチュアとプロが同じ土俵に立つという意味だ。


人は他人の成功を聞くと、真似したくなる。だが、その背後にある理由を知らずに真似ても、簡単にはうまくいかない。


これは投資に限らない。他人の成功を真似しても再現できないことの方が圧倒的に多い。江戸時代の大名・随筆家の松浦静山は『常静子剣談』で次の言葉を残している。


「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」


現代の工学研究に「失敗学」という分野があるように、失敗には明確な原因がある。そこから学ぶことができる。


だが、成功は違う。偶然性、特殊な状況、本人が自覚していない努力。それらが積み重なっていることも多く、成功の原因は見えにくい。


そして私たちは、「真似しやすそうな成功例」を無意識に選んでしまう。たとえば、メジャーリーグの大谷翔平選手が、高校時代から膨大な努力を積んできた話は有名だ。しかしそれを聞いても、簡単に真似しようとする人はほとんどいない。ところが、SNSで見かける「X年で1億稼いだ」という投資話には、多くの人が飛びついてしまう。


「真似しやすそうな成功例」ほど、成功に必要な要素が抜け落ちている。だから、再現性が低く、失敗を招きやすい。


他人の成功を安易に真似ることが、成功への近道になりにくいのはこのためだ。

ここまで読むと、ある疑問が浮かぶかもしれない。──結局、投資はギャンブルと同じなのか?


確かに、そう見えることもある。しかし、投資にはもう一つの側面がある。社会の成長や発展を支え、私たちの暮らしをより豊かにする──それが、本来の投資の姿だ。

田内 学

元ゴールドマン・サックス証券トレーダー

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