
介護を抱え込まないためには、さまざまなサービスを上手に利用することが重要です。しかし、介護者がそのつもりでも、当事者の親に受け入れてもらえないといった事例は数多く見受けられます。本記事では、介護・暮らしジャーナリスト・太田差惠子氏の著書『親が倒れた!親の入院・介護ですぐやること・考えること・お金のこと 第4版』(翔泳社)より一部を抜粋して、介護で親子喧嘩にならないための上手なコミュニケーション法について解説します。
「介護保険なんて申請するな」と親に怒鳴られた
介護保険の申請を拒否する親
介護を抱え込まないためには、さまざまなサービスを上手に利用することが重要です。そのことを介護者が理解していても、当事者の親から頑なに拒否されることがあります。
親の言い分は以下のようなものです。
「人の世話になりたくない。何も困っていない」
「他人が家に来れば疲れるだけだ」言い返しても親子喧嘩になって、互いに消耗するばかりです。
介護保険申請の「成功」事例とは
言い争いをしていても、らちが明きません。介護はマネジメント。困ったときには、親のことを「やっかいなクライアント」くらいに捉え、どう話せば耳を貸してくれるかを考えましょう。
例えば、子どもの言うことに耳を貸さない親も、信頼する第三者の言葉は聞き入れる傾向にあります。親のかかりつけの医師から介護保険の申請をすすめてもらったところ、「先生が言うなら」と申請・利用に同意したケースは数多いです。
また、介護保険のサービスといえば、ホームヘルプサービスやデイサービスだけだと考えている親は多いもの。そんな親には、住宅改修のサービスを提案してみるのも一案です。
手すりをつけたり、段差撤去をしたりするのですが、20万円の工事でも、介護保険を使えば1割負担の親なら支払いは2万円。「住宅改修をするために、介護保険を申請する」と理解を促すのです。
同様に、福祉用具購入のサービスを提案してみてもいいでしょう。安定感のある入浴用のいすには、1〜2万円ほどする商品もあります。介護保険を使えば、1割、または2割、3割の負担で入手できます。
ホームヘルプサービスも拒否されたら
一方、ホームヘルパーの利用を拒む親も珍しくありません。実際、何とか介護保険の認定を取り、ケアプランを作成してもらったのに、ホームヘルパーが訪問する直前に、「今日は出かけます」と事業所に電話してしまったり、「今日は結構です」と帰してしまったり……というケースを耳にします。
話し合いを重ねることが重要ですが、なかには下のようなちょっとした工夫で、利用することに成功した事例もあります。
【介護保険サービスに抵抗感がある場合は…】
・子の言葉に耳を貸さない親には、かかりつけの医師から申請をすすめてもらう
・介護保険のサービスといえば、ホームヘルプサービスやデイサービスだけだと考えている親は多い。医療職は受け入れる親が多いので、「介護保険を申請して、看護師さんに来てもらおう」と提案する
・「介護保険を申請すれば、安定したお風呂のいすをたった1割(2割、3割)負担で購入できるんだよ」とお得感をアピールする
【ホームヘルプサービス利用を嫌がる親には…】
・楽をするのはいけないことと考える親世代は多いので、母親に「ヘルパーさんに来てもらえば、お母さんの負担が楽になる」という言い方はNG。「お父さんの自立のために来てもらおう」と提案してみる
・お試しで「1か月だけ」「1回だけ」「ダメだったらやめよう!」と言って了承を取り付ける。実際に来てもらうと、受け入れるケースが少なくない
認知症が心配でも、「精神科に行こう」と言いにくい
早期に専門医を受診することが大切
親の言動に「あれっ?」と思う点が増えてくると、もしかして認知症では……と不安になります。
医師の診断を受けて早期に治療すれば、認知症であっても進行を遅らせることができるケースもあります。認知症だと思っていたら、高齢者特有の「うつ」だったり、薬の飲み合わせが悪いことが原因だった、なんていう場合も。いずれにしても早期に受診し、治療を開始することが重要だといえるでしょう。
それでも、「精神科」や「もの忘れ外来」に親を連れて行くのはハードルが高く、手をこまねいている子は多いものです。しかし、そのままにしておいたために、認知症の症状が進行してしまい、本人や家族に大きな負担がかかることも少なくありません。
提案方法を工夫する
ウソも方便という言葉があります。例えば、下記のように親に提案して、連れ出すことに成功した子がいます。どう言えば耳を貸してくれるかは、親の性格や日頃の親子関係によっても違います。
【親に認知症の専門医受診を促す話し方例】
・「70歳以上は全員、認知症の検査を受診することが決まった」と話す
・「今月中だと、認知症の検査は無料。来月からは有料になるよ」と話す
・親の主治医にお願いして、「高齢者の健康診断は脳の検査もセットです」などと言ってもらい、総合病院で検査する
※「ウソも方便」とはいえ、「食事に行こう」と誘って病院に連れて行くようなことはNG。当人が「だまされた」と思うと、今後のコミュニケーションに影響する
ただ、「もっとひどくなっても、知らないからね」などと喧嘩腰にならないように。「お父さんを介護することになるお母さんのために受診して」と頼むのも効果的です。
「認知症初期集中支援チーム」に相談
各自治体が設置している「認知症初期集中支援チーム」に支援を依頼する方法もあります。窓口は、親の暮らす地域を管轄する地域包括支援センター。医療・介護の専門職がチームとなって自宅を訪問し、本人の様子を確認し、受診や介護保険のサービスを利用できるようにサポートしてくれます。利用できるのは40歳以上で、自宅で生活しており、認知症が疑われる人または認知症の人で、次のいずれかに該当する人です。
・認知症の診断を受けることを本人が拒否している
・病院の受診を中断してしまっている
・介護サービスの利用に、うまくつながらない
・認知症の症状が強く、対応に困っている
【認知症初期集中支援チームとは?】
・複数の専門職が家族の訴え等により認知症が疑われる人や認知症の人およびその家族を訪問し、アセスメント、家族支援などの初期の支援を包括的、集中的(おおむね6か月)に行い、自立生活のサポートを行うチーム
・地域包括支援センター、診療所、病院、認知症疾患医療センター、市町村の本庁などに配置されている
[図表]認知症初期集中支援チームのメンバー 出典:『親が倒れた!親の入院・介護ですぐやること・考えること・お金のこと 第4版』(翔泳社)
太田 差惠子
介護・暮らしジャーナリスト
