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銀婚式の夜、電話1本で「1億円」を掴み人生の勝者へ…早期退職した50歳課長、翌年待っていたのは「不安で不眠、常にスマホにかじりつく」絶望の日々【IFAが解説】

銀婚式の夜、電話1本で「1億円」を掴み人生の勝者へ…早期退職した50歳課長、翌年待っていたのは「不安で不眠、常にスマホにかじりつく」絶望の日々【IFAが解説】

嫌な上司も満員電車もない、自由な生活。FIREは現代の多くのビジネスパーソンにとって魅力的な目標となっています。しかし、いざ会社を辞めて「給与」という定期的かつ確実な収入源を失ったとき、人は初めてその精神的な防波堤としての価値に気づくようです。田中さんの事例を通し、独立系資産運用アドバイザー(IFA)の亀井岬氏がFIRE計画に潜む落とし穴について解説します。

銀婚式に受けた「1億円のサプライズ」

田中賢治さん(仮名/50歳)は大手電機メーカーの課長として28年間勤務してきました。同い年の妻の由美さん(仮名)、社会人の長男(23歳)、大学生の次男(20歳)という家族構成です。定年までの残り15年を、満員電車と会議室で過ごすことに疲れ果てていた彼に、運命を変える知らせが届いたのは、ある日の夜でした。

その日は、結婚25年記念日。少し背伸びしたレストランで妻と食事中、鳴り響いたスマートフォンに映し出されたのは、見知らぬ番号でした。ほとんど記憶にない叔父からの、遺産相続の知らせだったのです。相続税を差し引いたあとの金額は、1億円をわずかに超えるというもの。それは彼が今後15年働いて得られる収入以上の、途方もない金額でした。

賢治さんはレストランの紙ナプキンに計算式を書き記しました。

100,000,000円×5%=5,000,000円/年

これは自分のボーナス込みの手取り年収より多い金額です。彼は確信しました。「これで自由になれる」と。

翌月、賢治さんは辞表を提出しました。先輩の鈴木さん(仮名)は「毎月決まった日に振り込まれる給料は、みえない要塞のようなものだ。新しい王国が盤石だと確信するまで、その壁を壊すべきじゃない」と忠告します。しかし賢治さんは、その言葉を旧時代の価値観として退けました。

退職後、賢治さんは投資の世界に没頭。銀行が提示する年率0.5%の預金金利は「侮辱的に低い」と感じられました。やがて彼は、SNSのカリスマ投資家「高配当ボーイ」(仮名)に傾倒し、日本の高配当株と米ドル建て社債を組み合わせたポートフォリオを構築します。

最初の数ヵ月は夢のようでした。これまでの貯蓄を使って新しいSUVを購入し、北海道への2週間の旅行を楽しみます。生活の質は明らかに向上しました。

しかし、最初の配当金が実際に振り込まれた日、賢治さんは証券口座の画面をみて凍りつきます。想定していた金額よりも明らかに少ないのです。取引明細には「源泉徴収税額:20.315%」と記されていました。

年間500万円という収入は税引き前の額面だったのでした。実際に手にできるのは約400万円弱。賢治さんは、配当金が振り込まれる前に自動的に税金が差し引かれる現実を、この瞬間初めて理解しました。あの希望に満ちた計算式は、いまや彼の無知を映し出す鏡です。

それでも市場は賢治に味方しました。円安ドル高の進行により、ドル建て社債の利息収入は円換算で想定を上回りました。税引き後でも年間400万円を上回る収入は確保できそうです。賢治さんは生活水準を少し調整すればなんとかなると自分に言い聞かせました。

リタイア1年後に訪れた、3つの想定外

リタイアから1年が経とうとするころ、状況は一変します。

まず、世界的なサプライチェーンの混乱とインフレ懸念が市場を襲ったこと。賢治さんのポートフォリオの中核をなしていた海運や鉄鋼といった景気敏感株は大きく値を下げ、いくつかの企業は配当を減額しました。追い打ちをかけるように円高が進行し、ドル建て社債の利息収入も目減り。税引き後年収400万円の計画は、あっという間に300万円程度にまで落ち込む可能性がみえてきました。

同じ月に、さらに2つの予期せぬ出来事が田中家を襲います。次男がミラノの建築大学に合格したのです。素晴らしい知らせでしたが、初年度の費用として約500万円が必要になりました。もう1つは、大型台風で自宅の屋根が損壊したこと。修理費用は100万円を下らないという見積もりです。火災保険は適用外でした。

合計600万円という想定外の支出。賢治さんは含み損を抱えた株式を、涙をのむ思いで売却しました。決して手をつけないと誓ったはずの1億円の元本が、初めて切り崩されたのです。資産は8,600万円に減り、しかもその年の生活費はまだこれからかかる状態でした。

賢治さんは1日に何十回も証券口座のアプリを開き、株価の変動に一喜一憂するようになります。夜は寝付けず、ガレージの新しいSUVは、自らの傲慢さを映し出す記念碑のようにみえました。給料という名の要塞は跡形もなく消え去り、彼は荒れ狂う市場の風雨に丸裸で晒されていました。

限界は、些細な出費をめぐる口論をきっかけに訪れます。由美さんが毅然としていったのです。

「もう、みないふりをするのはやめましょう。私たちがいま、本当にどこに立っているのか、知る必要があるわ」

その夜、2人はダイニングテーブルで現実的なスプレッドシートを作成しました。完成した数字は、冷酷な真実を突きつけます。

賢治さんが当初計画していた、

期首元本 1億円

想定年間総収益 500万円(5%)

年間手取り収入 500万円

計画年間生活費 400万円

元本純増減プラス 100万円

という楽観的な見通し。これに対し、2年目の現実は、

期首元本 9,200万円 

予想年間利息・配当 368万円(約4%)

源泉徴収税額 74万円

年間手取り収入 294万円

予期せぬ支出 600万円

年間総支出 1000万円

予想元本マイナス 700万円

という惨憺たるものでした。このままでは遠くない将来に資産は枯渇してしまいます。

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