食楽web全国各地のラーメンシーンを余すところなく追う本企画。前回は和歌山県を巡ったが、今回は福井県にフォーカスする。
同県のエリア区分は、北部の「嶺北」と、南部の「嶺南」の2エリアに大別される。同県の形状は、しばしば「右を向いたオタマジャクシ」に例えられるが、ざっくりと尾の部分が「嶺南」、尾を除いた身体の部分が「嶺北」だと考えていただいて差し支えない。
福井県の総人口約73万(2025年10月現在)。そのうち、「嶺北」は約61万人、「嶺南」のは約12万人と、ほぼ8割の人口が嶺北に集中。福井県のラーメンシーンもこの地勢と“写し鏡”の関係で、店舗数はもちろん、実力店・人気店の軒数も、「嶺北」が「嶺南」を圧倒する。

その「嶺北」では、福井・坂井・越前・鯖江の4市に、実力店が集中する。代表的な店は、福井市の『越前中華』、『らーめん岩本屋』、『中華そば まるせい』、『まほろば』、越前市の『笹はら』、『麺屋 鶏っぷ』など。
『越前中華』、『岩本屋』、『まるせい』は、20世紀から2000年代初頭に創業し、長年にわたり地元の人々の胃袋を満たしてきた福井の“顔”だ。他方、『まほろば』、『笹はら』、『鶏っぷ』は、いずれも2010年以降に開業した比較的新しい店舗。老舗と新進店舗が比較的狭いエリア内でバランス良く共存し、「嶺北」のラーメン地図に趣を添えている(※1)。
(※1)『越前中華』は1985年創業、『岩本屋』は1999年創業(路面店化は2001年)。『まるせい』は、今はなき名店『ふくまる軒』の流れを汲む。
ここで、福井県のラーメンシーンの特徴を整理しておこう。
1.『たけふ駅前中華そば』を除き、県内に目ぼしい“ご当地麺”が存在しない。このため、各店舗が手掛けるラーメンが特定の枠組みに縛られず、ジャンルも多岐に及ぶ。
2.日本海に面しつつも、魚介はあまり活用されず、動物系素材(鶏と豚)から出汁を採るラーメンが主流(※2)。
3.近畿圏のラーメンの影響を強く受けている(※3)。
(※2)理由としては、同県を代表する実力店『岩本屋』が「豚骨醤油」だったこと(創業者・岩本氏は、開業前、東京池袋の『屯ちん』にて修業)、福井県は近畿と地理的に近く、ひと昔前まで京阪神エリアで広く提供されていた鶏豚ベースのラーメンの影響を強く受けたことなどが影響。
(※3)福井を代表するガッツリ系の超人気店『池田屋 福井店』(福井市)は京都一条寺に本店を構え、『真竜ラーメン』(福井市)の修業先は大阪梅田のレジェンド『揚子江ラーメン総本店(閉店)』。また、『鶏っぷ』が繰り出す「泡白湯」も、京都城陽の名店『俺のラーメンあっぱれ屋』をルーツとする関西系鶏白湯。
いずれにせよ、福井ラーメンシーンの全容を把握するには、何をおいても「嶺北」の福井、坂井、越前、鯖江市の店を訪問すべきだ(もちろん、あわら市の『ラーメン工房 大市』など、4市以外にもキラリと光る俊英は存在するが)。
恐竜に侵食されつつある福井駅前他方、「嶺南」においては、そもそもラーメン店の数自体が少なく、敦賀市にある数軒の実力店を訪問すれば事足りる。敦賀市のキーワードは、『中華そば 一力』と“屋台ラーメン文化”。1958年創業の同店は、地元で知らない人はいない名店(東京・下北沢の『中華そば専門店一龍』は、『一力』出身)。
また、敦賀のもう一つのキーワード“屋台ラーメン文化”は、京都方面から流れ着いた屋台が駅前に軒を連ね、港町の夜食文化として発展を遂げた同市独特の食文化を指す(代表的な屋台は『池田屋ごんちゃん』)。いずれも、福井のラーメン文化を知る上で避けては通れない存在だ。
というわけで今回は、最近、筆者が福井県を食べ歩いた際、特に印象に残った店舗を4軒ご紹介していこう。4軒のうち3軒は、「嶺北」4市(福井・坂井・越前・鯖江)からピックアップし、残りの1軒は、それ以外のエリアから“万難を排してでも駆け付けるべき”と太鼓判が押せる優良店を採り上げた。
珠玉の家系豚骨が味わえる名店|らーめん門(福井市)
福井市の『らーめん門(かど)』の入口。福井口駅(えちぜん鉄道)から徒歩10分程度。国道8号線から1本中に入った通り沿いにある。白地に黒文字で大きく「門」と書かれた暖簾が目印4軒のトップバッターを飾るのは、福井市の『らーめん門(かど)』(2015年3月23日オープン)。
店主の修業先は、京都にある「家系」の行列店『紫蔵(しくら)』。先に「福井県のラーメンは近畿圏のラーメンの影響を強く受けている」と記したが、『門』もその例に漏れない。ちなみに、『紫蔵』の修業先は、「家系」の実力店である『王道家』(千葉)と『蔵前家』(静岡)。『門』が提供する1杯も、その流れを汲んだ本格派の「家系」ラーメンだ。
基本メニューは「家系豚骨ラーメン」。調理過程の要所で光る創意工夫により、理想として掲げる「水を飲まずとも完食できる味わい」を体現した、店主の職人魂がこめられた1杯。
水と国産豚骨のみを高い火力で継ぎ足しながら炊き上げたスープは、味蕾に触れた刹那、豚のコクとうま味の奔流が味覚中枢へと還流し、脳内から大量のドーパミンを噴出させるフルボディの味わい。
家系豚骨ラーメン(並)トッピングとして盛り付けられたニンジンは、『門』オリジナルのギミック。かじるとシャリッと硬質な食感が触覚に快楽をもたらし、濃密でナチュラルな甘みが口内で渦を巻く。この甘みが、スープに凝縮された豚骨のコクとうま味に、さらなる深みと奥ゆきを差し込む役割を果たしているのだ。
スープに合わせる麺は、「家系」の定番『酒井製麺』の平打ち。スープにしっくり溶け込むよう柔らかめに茹で上げられ、のどごしも申し分なし。この塩梅。「家系」を食べ慣れていればいるほど、店主の「家系」に対する造詣の深さにニンマリするはずだ。
修業先である『紫蔵』から学んだ基本を的確に押さえながらも、『門』ならではの個性を1杯の丼に余白なく詰め込んだ、珠玉の名杯。嶺北の「今」を体現する「家系豚骨ラーメン」。じっくりと噛み締め、匠の技を味わい尽くしてもらいたい。
●SHOP INFO
らーめん門
住:福井県福井市米松2-1-18
TEL:0776-54-0737
営:11:00〜14:30(L.O.14:15)
17:30〜21:00(L.O.20:45)
休:火曜
1960年創業の老舗が繰り出す至高の中華そば|若竹食堂(越前市)
店舗の場所は、北府駅(福井鉄道福武線)から約800m(徒歩10分程度)。次にご紹介するのは、越前市の『若竹食堂』。1960年の創業以来、60年以上にわたり街の風景を支え歴史を見守り続けてきた、越前市の食文化の生き証人。越前市民のアイデンティティの一端を成す存在だ。
この『若竹食堂』。屋号が示すとおり、丼、定食、カレー、うどん等の大衆食を供する街の食堂だが、真に注目すべきは、品書きの筆頭に記された「中華そば」の四文字。実は、この「中華そば」こそが、福井においては貴重なご当地麺『たけふ駅前中華そば』の名品。この1杯を味わうため、地元客はおろか県外から来訪する者も後を絶たない不動の看板商品なのだ。
私のおススメは、迷うことなく「中華そば」。大盛や、ご飯と鶏から揚げ(2個)が付くセットも提供しているので、胃袋に余裕があれば、そちらをチョイスしても良いだろう。
中華そば注文してから「中華そば」が卓上に供されるまでの所要時間は5分弱。厨房は客席から隔離されているので、店主の仕事ぶりは想像するしかないが、5分弱は相当スピーディーな部類に属する。待ち時間の短さは、完成度の高さに確実に直結する。
さて、登場した「中華そば」の顔立ちに視線を移せば、そこにあるのは、見惚れるほど端整な古き良き中華そばの理想型。
山海の素材(鶏ガラ、乾物等)からうま味の粋を搾り取ったスープは、黄金色に燦然と輝く清湯。湯気と共に舞い上がるカエシの香気、頬が落ちそうなほど陶然たる甘みと滋味が、三つ巴と化し五感を震わせる。その余韻たるや、まさに極上。老舗の技の極致だ。
茹で加減を絶妙に調整することで、芯をしっかりと残したストレート麺のすすり心地も、この上なくなめらか。うどん出汁に中華麺を溶け込ませたかの如き、姫路の名物グルメ『まねきのえきそば』の造形がほの見える味わいに、兵庫県出身の私は、否応なくノスタルジーを擽られた。
チャーシューとハムを併用するトッピング配材も同店ならではのアクセント。ここまで綿密に組み立てられた味わいが、わずか750円ほどで楽しめる。越前の懐の深さを体現するかのようなコストパフォーマンスの高さに驚嘆するしかない。じっくりと堪能し、越前文化の“風”を感じてもらいたい。
●SHOP INFO
若竹食堂
住:福井県越前市深草2-2-11
TEL:0778-22-2543
営:11:00〜15:00
休:不定休
