いつまでも輝く女性に ranune
見落とされる〈無償労働〉の存在…「年収が高いパパのほうが偉いの?」何気ない子供からの質問に〈パート勤務の母親〉がモヤモヤを抱いたワケ

見落とされる〈無償労働〉の存在…「年収が高いパパのほうが偉いの?」何気ない子供からの質問に〈パート勤務の母親〉がモヤモヤを抱いたワケ

女性の労働参加率は70%を超えているのに、「もっと働くべきだ」と語られることが少なくありません。ですが、その議論は家事や育児といった無償労働を見落としがちです。小さな子どもを育てる家庭では、妻が家事・育児に費やす時間は1日7時間以上になり、もし外注すれば年間で数百万円以上になるとも言われています。田内学氏の著書『お金の不安という幻想 一生働く時代で希望をつかむ8つの視点』(朝日新聞出版)から、一部を抜粋して紹介します。

「ママよりも年収の高いパパのほうが偉いの?」

「ママよりも年収の高いパパのほうが偉いの?」

教育座談会で、あるお母さんが小学生の息子からこんな質問を受けてドキリとした、という話を聞いた。

子どもはお金というモノサシを驚くほど素直に、そして残酷に使う。

パートタイムで働くそのお母さんは、「ママは家の中で大事な仕事をしているのよ」と、とっさに答えたそうだが、心にモヤモヤが残ったという。

子どもには悪気も偏見もない。ただ、今の社会の空気を、まっすぐに吸い込んでいるだけだ。年収の高い人が評価されるムードが、確かにある。

一昔前まで、お金の話はタブー視され、親の年収を子どもが知ろうとすること自体が珍しかった。しかし今では、テレビやYouTubeで「年収」や「最高月収」といった言葉が飛び交い、若くして数千万円を稼ぐ“成功者”が称賛される。そんな環境で育てば、息子さんが「お金を稼ぐ人が偉い」と感じても無理はない。

就職活動中の大学生からは、こんな相談を受けたこともある。

「やりがいのある仕事をしたいのですが、年収が低いとステータスが低く見られそうで心配で……」

彼は、生活のために稼ぎたいというより、人から低く見られたくない気持ちの方が強いようだった。

マッチングアプリでも、年齢や居住地と並び、「年収」は欠かせない項目だ。人がお金で値踏みされ、いつの間にか私たちは、「年収の呪い」に縛られている。

「1円も稼がないこと」の価値

女性の労働参加率はすでに70%を超えている。これは先進国の中でもトップクラスの水準だ。(※1)

それでもなお、「もっと女性に働いてもらうべきだ」と主張する有識者の声は根強い。確かに、ドイツやイギリスなど、日本よりも女性の労働参加率が高い国もある(2020年)。(※2)

だが、ここで僕は、冒頭に登場したお母さんの代わりに声を上げたくなる。

こうした議論の多くは、家事や育児などの「無償労働」の存在を見落としているように感じるからだ。

6歳未満の子どもを育てている家庭では、妻が家事や育児に使う時間は、1日7時間34分。一方、夫はわずか1時間23分だ。日本の女性は、他の先進国の女性よりも1〜2時間長く無償労働を担っており、男性は逆に1〜2時間も短い。この差は1日当たりのものだ。1年続けば膨大な時間になる。

出所:『お金の不安という幻想 一生働く時代で希望をつかむ8つの視点』より引用 出所:『お金の不安という幻想 一生働く時代で希望をつかむ8つの視点』より引用

「もっと女性に働いてもらう」と言う前に、すでに多くの女性が“働いている”事実にまず目を向けるべきではないだろうか。

外で働きたいと思っても、働けない人たちもいる。家事や育児といった無償労働を正当に評価し、それが女性に偏りすぎているという社会の構造的な問題を、きちんと共有する必要がある。

かつては、労働に値段などついていなかった。地域や家庭で、みんなが役割を分担してきた。それが、貨幣経済の発達とともに、「自分たちにできないこと」あるいは「他人に任せたいこと」にお金を払って外注するようになった。ただ、それだけの話だ。お金を介さない仕事に価値がないわけではない。

特に育児は、目に見えないストレスがつきまとう。誤飲、喘息(ぜんそく)、発熱、夜泣き──気が休まる瞬間などない日々もある。こうしたケアには、お金を出しても他人に任せられない仕事もあれば、任せたくない仕事もある。

漫画原作の大ヒットドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」が注目されたとき、「愛情の搾取に断固として反対します」というセリフとともに、専業主婦の適正給料も話題になった。

2011年のデータによると、専業主婦の年収は445万円になるそうだ。(※3)

また、実際に料理、掃除、洗濯、保育園や習い事の送迎、子どもの体調管理に至るまで、すべてを外注すれば、そのコストは年間1,000万円を軽く超えるという計算もある。(※4)

そもそも、外での仕事と育児を比べれば、人類にとって重大なのは明らかに育児だ。外で仕事をしなくても人類は滅びない。だが、育児をしなければ確実に滅びる。

もちろん、「だから女性が家庭にいればいい」という話ではない。問題は、育児という負担の大きい仕事が女性に偏っている社会の構造だ。男女どちらも自由に育児や家事を担える社会でなければ、少子化も労働力不足も解決できない。

冒頭の母親が口にした「ママは家の中で大事な仕事をしているのよ」という言葉は、まぎれもない事実だ。そして今、求められているのは、「パパも家の中で大事な仕事をしている」と自然に言える社会をつくることだ。

また、大事な仕事だからといって、外注してはいけないわけでもない。外注するかどうか──つまり「お金を払って他人に任せるか」の判断は、それぞれの家庭の価値観によって決められるべきものだ。

「アレルギーが心配だから」と早起きして弁当を作る家庭もあれば、「手作り弁当よりマックで食べたい」と言う子どもに千円札を渡す家庭もある。

どちらも、それぞれの生活のなかで選ばれた、大切な選択だ。

こうした視点で見直すと、「お金で価値を測る」という社会の目線が、いかに私たちのリアルな生活からずれているかに気づかされる。

「お金を稼ぐ人が偉い」──この価値観が変わらない限り、家事や育児という人間社会を支える根幹の仕事は、正当に評価されないままだ。そして今、この価値観の延長線上で少子化が加速し、深刻な労働力不足が起きている。

日本全体で人が足りない以上、「給料さえ上げれば人が集まる」といった単純な発想では解決しない。

ならば、外国の労働力に頼るという方法はどうか。移民の受け入れには社会的ハードルが高いが、これまでも私たちは、海外で作られた製品を買うことで、国内の労働力不足を補ってきた。たとえば、農家の減少を、食料の輸入でカバーしてきたように。しかし、そのツケが今、私たちの目の前に現れている。

それが、「物価高騰」だ。

給料が追いつかないのに、物の値段ばかりが上がっていく。これは偶然ではない。

私たちの財布から消えた「値上げ分の百円玉」はいったいどこへ行ったのか?

この問いの先には、海外に依存しすぎた日本社会の問題が横たわっている。

※1 ​内閣府男女共同参画局「男女共同参画白書 令和4年版」(2022年)によると、2020年の日本の女性の生産年齢人口の就業率は70.6%で、OECD諸国平均の59.0%よりかなり高く、1位のスイス(75.9%)と比較しても遜色ない水準にある。

※2 内閣府男女共同参画局「男女共同参画白書 令和4年版」(2022年)

※3 白河桃子・是枝俊悟『「逃げ恥」にみる結婚の経済学』(2017年、毎日新聞出版)
※4 Goldhill, Olivia. “How Much is a Housewife Worth?” The Telegraph, 15 October 2014

田内 学

社会的金融教育家・作家

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