株主名簿の整備では不十分
形式的に株主名簿が整備されていても、安全とは限りません。たとえば、代表取締役が自らの持株比率を増加させる目的で株主名簿を改ざんしていたという事例もあります。このような場合、名簿上は整然としていても、実体としての出資関係が不明確であれば、買主は株式譲渡の有効性を確認できません。
M&Aの実務では、株主名簿という書面そのものよりも「誰が出資を行い、誰から誰に株式が譲渡され、その譲渡が有効に行われたのか」という履歴が最も重要です。その確認にあたっては、出資金払込保管証明、株式譲渡承認請求書、株式譲渡契約書などの正式な根拠資料を精査する必要があります。
これらの資料が欠けている場合、名義株主・実質株主のいずれかから後日紛争提起されるリスクが残存します。
名義株主を整理するための方法と限界
名義株主問題が存在する場合であっても、会社法上は株券不発行会社化やスクイーズアウト手続を利用して、形式上株式の帰属を整理することが可能です。
ただし、これらの手法を用いても、最終的にスクイーズアウト対価を受け取るべきは名義株主ではなく実質株主であったと主張されることがあります。その場合、スクイーズアウトが完了せず少数株主が残ってしまう可能性があり、完全な解決には至りません。
また、名義株主問題が想定される場合、合併や株式交換などの組織再編スキームを活用して実質株主の個別同意を得なくても実行できる方法を採ることがあります。これは、包括承継の法的構造を利用して、実質株主を実務上排除するものであり、一定のリスクを軽減する効果を持ちます。
もっとも、これらの手法を用いても、後日名義株主が権利を主張する可能性を完全に排除することはできません。
したがって、特定のリスクが存在する状況を事前に精査し、その状況に最も適した方法を採用することで、その範囲でリスクを解消することは可能ですが、名義株主問題そのものを全般的に消滅させる方法は存在しません。
なお、株式には消滅時効も取得時効も生じないため、過去の出資関係が何十年経過していても、実質株主を名乗る者が突如現れて権利主張を行うことがあり、買主にとっては予測困難なリスク要因となります。
