
止まらない物価上昇、上がらない賃金、経済格差の急速な拡大……。1970年代に「一億総中流社会」といわれ、国民が高い生活水準を誇っていた日本は、その後、長期的な経済低迷に陥っている。30年間も経済成長が鈍化した状態「失われた30年」から脱却するためのヒントは、2023年に日本を追い抜き、GDP世界第3位に躍り出た“ものづくり大国”・ドイツにあった。本記事では、岩本晃一氏の著書『高く売れるものだけ作るドイツ人、いいものを安く売ってしまう日本人』(朝日新聞出版)より、発展を続けるドイツと低迷する日本を比較検証する。
日本は最悪の経済状態「スタグフレーション」を回避できるか
2024年3月19日、日銀は金融政策決定会合で、従来のマイナス金利政策を放棄し、政策金利を0〜0.1%程度とし、金利が存在する状態に移行した。これをもって日本は「失われた30年」からの転換期に入ったという人がいるが、見通しは決して甘くない。
最低賃金(全国加重平均)は、2023年度は1004円(+4.5%)、2024年度は1055円(+5.1%)となった。厚生労働省が2025年3月10日に公表した1月の毎月勤労統計速報によると、実質賃金は前年同月比1.8%減と3か月ぶりに減少した。
実質賃金は2024年5月まで26か月連続で対前年比マイナスとなっていたが、6月にプラスに転じた後、8月にマイナスに。その後、11、12月とプラスになっていたが、2025年1月に再びマイナスに転じた。今の日本の経済状況は、賃金が上がらない状態で、物価が上昇するという「スタグフレーション」に近い状態にある。経済学の教科書では、最悪の経済状態であると説明されている。「失われた30年」は、スタグフレーション、急激な円安という局面を迎え、新たな段階に入ったといえる。
そういう状況の中で、トヨタ自動車が発表した2023年度のグループ全体の決算では、売上は、45兆953億円(対前年度比+21.4%)となり、過去最高を更新、営業利益は5兆3529億円(同+96.4%)となり、日本の上場企業で初めて5兆円を超えた。翌2024年度の営業利益は4兆7955億円となったものの、トヨタのような輸出に関わる企業が大きな利益を手にしている。
アベノミクスでは、こうして得た利益を広く日本全体(企業・個人)に浸透させる「トリクルダウン」を目指したが、実現しなかった。不動産経済研究所の調べでは、東京23区の新築マンション販売価格は、2014年の5994万円から2023年の1億1483万円へと、約10年間で約2倍になった。
日本国民全体が貧しくなり、生活が苦しくなる中で、一部の企業・個人のみに利益が集中するという、これまでにない現象が日本経済に起きている。かつて「日本は一億総中流社会」と言われ、中間層が日本経済を支えていたが、中間層が急速に減少し、豊かな層と貧しい層の両極端に分化して経済格差が広がり、日本のジニ係数(所得などの分布の均等度を示す指標)は高止まりしている。
「持つ者」と「持たざる者」との格差が拡大しているという意味でも、「失われた30年」は新しい局面に入っている。日本の相対的貧困率(OECD)は2021年15.4%であり、30年前より1.9ポイント上昇し、米国の15.2%、英国の11.7%よりも大きい。
似た国“ドイツ”との比較が日本の浮上のヒントに
なぜ日本で「失われた30年」が放置されてきたのだろうか。
国内消費、投資、輸出、賃金、どれをとってもはかばかしくない背景として、さまざまな人が、さまざまなことを発言してきた。ある人は「ゼロ金利政策」のせいであると言い、ある人は「円安」であると言い、ある人は「非正規雇用が増えたからだ」と言い、ある人は「人材育成投資が減少したからだ」と言う。恐らく、どれも正しいと思う。
だが、事の本質は一体何だろうか。この疑問点に答えられる人は極めて少ない、否、ほとんどいないだろう。それは比較する対象をもたないからだ。比較するとしても、日本を中国やバングラデシュと比較しても意味がない。日本とよく似た国と比較して初めて意味をもち、かつ日本の欠点がよくわかる。
なぜ日本は30年間、経済が低迷しているのか、「失われた30年」を終わらせ、かつての堅調な経済成長軌道に乗せるために、日本がやるべきことは何か――それを紐解く鍵が同じものづくりの国であるドイツにある。
筆者は、下記の5つの点からドイツが世界の多くの国々の中で、最も日本に近い、類似性の高い国であると考えている。
類似点1:
同じものづくりの国である。額に汗してものづくりをする職人を大切に扱っている。
類似点2:
ドイツの人口は日本の約3分の2であり、ドイツは「日本の3分の2サイズの国」と言われている。国土面積は日本の約95%。国の大きさが、大体、日本と似ているということである。
類似点3:
両国ともOECDに加盟しているように、世界の中で先進国扱いとなっている。
類似点4:
合成特殊出生率が、ともに低い。両国とも少子高齢化が進行している。そのため、国内市場が縮小しているなど、出生率の低さに起因する社会現象はほぼ共通である。
類似点5:
ドイツはロシアからの天然ガスの輸入に依存していたが、今、ロシアからの輸入を減らし、苦しんでいる。日本もまた、化石燃料の輸入価格が高騰して苦しんでいる。ロシア・ウクライナ戦争を契機にエネルギー問題で苦しむ光景は同じと言えよう。
