
年間110万円の基礎控除枠を使った生前贈与は、相続対策の代表的な手法のひとつです。非課税枠の範囲内で贈与することにより、相続財産を減らしながら贈与相手にも喜んでもらえるため、実践している人も多いでしょう。しかし、制度への理解が不十分であったり、必要な対策を怠ったりした結果、贈与が認められずに「多額の追徴税」を課されるケースも散見されます。「年110万円以内の生前贈与」に潜む落とし穴とその対策をみていきましょう。
なにこのお金…両親の“まさかの隠しごと”に困惑する息子
川崎篤志さん(仮名・43歳)の父、一郎さん(仮名・享年68歳)が、心不全により突然この世を去ったのは2年半前のことです。
通夜、葬儀がしめやかに行われ、突然のことで気持ちの整理もつかない状態の篤志さん。そんな息子に、母がこう呼びかけました。
「篤志、ちょっとこっちへきてくれる? 渡したいものがあるの」
母はそう言いながら、客間になっている和室に入っていきます。そして、タンスの引き出しから1冊の通帳を取り出したのです。
「はい、これ、父さんがあなたのために遺してくれたお金よ」
篤志さんは、母から渡された通帳の名義を確認します。そこには「川崎篤志」と、たしかに自分の名前が記されていました。
通帳を開いてみると、1,100万円超の残高が印字されているではありませんか。
「えっ……このお金は?」
篤志さんが困惑しながら母に問いかけたところ、母が事の経緯を語りはじめます。
篤志さん名義の「1,100万円の預金」誕生のきっかけ
――10年以上前のある日、夫婦そろって何気なく見ていた情報番組で、近々、相続税の仕組みが変わることを知りました。なんでも、相続税の非課税枠(基礎控除額)が縮小され、相続税の課税対象者が増えるだろうというもの。
「自分に万一のことがあると、相続税がかかってしまうのでは……」
一郎さんは心配になりました。というのも、一郎さん夫婦は「貯金が趣味」のような倹約家夫婦だったからです。
篤志さんの教育費など、必要な出費に糸目はつけませんでしたが、自分たちの生活は質素そのもの。子どもを授かったのが比較的遅かったため、将来、子どものお荷物にはなりたくないという気持ちも強く、とにかく貯金に励んでいたのです。
「せっかく苦労して貯めた金だぞ、国に奪われてたまるか…」
そう考えた一郎さんは、非課税の範囲内で生前贈与することを決めました。
当時、篤志さんはまだ14歳でした。そのため、一郎さんが代理で篤志さん名義の銀行口座を開設します。
そして、毎年の篤志さんの誕生日に、本人に知らせることなく110万円の入金をはじめました。
というのも、一郎さんは常々「ウチにはお金がないから無駄遣いはするなよ」と、篤志さんにも節約を心がけさせていたのです。
結局、それから亡くなるまでの10年間、一郎さんは毎年欠かすことなく、篤志さんの口座に110万円を入金しました。そして一郎さんが亡くなったこのタイミングで、母は篤志さん名義の通帳を本人に渡したのです。
夫婦は「子どもに迷惑をかけたくない」という思いから、ゆくゆくは介護付き老人ホームに入居するつもりだったそうです。そのため、退職金にも一切手を付けず、年金(月25万円)の一部も預金に回すなどして倹約生活を続けました。その結果、一郎さんの死亡時、預金額は6,000万円を超えていたといいます。
ただ、通帳というサプライズプレゼントを受け取った篤志さんは、「自分にはこのお金があるから」と言って相続放棄。一郎さんの財産はすべて母親が相続しました。
