
「自前主義」が根強く残り、優秀なエンジニアを活かしきれず中国企業に流出を許す――。日本の自動車産業が抱える内部的な課題は深刻だ。一方で、ソフトウェア開発で先行する海外勢の脅威は日増しに高まり、かつての「メイド・イン・ジャパン」の栄光は過去のものとなりつつある。ガソリン車で培った強みをどう活かし、弱点を克服していくのか。湯進氏の著書『2040中国自動車が世界を席巻する日』(日本経済新聞出版)より、日本自動車業界の未来への示唆を探っていく。
分岐点に立つ日本自動車産業
日本において、自動車産業の出荷額は日本のGDPの1割を占め、関連する就業者数は558万人にのぼる経済の大黒柱である。日本企業は自動車に関する技術で世界から認められた時期が長く、世界初のリチウムイオン電池や量産型EV「リーフ」など電動化技術の開発も早い時期に開始している。
一方、日本の自動車メーカーが長年競ってきたのは、エンジンの性能などハードウエアの領域であった。今後の競争領域は電動化や生成AIを活用した知能化の分野となり、自動車の付加価値もライフスタイルに沿った消費者の多様な要求に応える方向へ変化している。
日本勢にとっては、機械工学と情報工学の融合は好まれない変化であり、一朝一夕では追いつけない。こうした技術や価値観など非連続な構造変化で、日本の自動車業界
は大きな分岐点に立つことになる。
ソフトウエア開発には膨大な車両走行データが必要であり、テスラやBYDなど新興勢がはるかに先行し、開発を激しく競い合い、分厚い技術基盤ができつつある。価格競争力に優れている中国勢の技術力も高まり、日本が強かった中国や東南アジアの地盤は大きく揺らいでいる。
一方、日の丸連合で日本企業が生き残りを図る場合、乗り越えるべきハードルが多いことは想像に難くない。ハードウエアや内燃機関が主導する時代には、業界同士の合従連衡は、開発費の捻出、部品の共通化、調達・販売・生産の統廃合によるコスト低減などが期待でき、多くの可能性があった。しかし、ソフトウエアが主導するクルマの時代では、車両開発・投入までの時間の短縮、OTAをアップデートできる能力が、競争力を維持するための重要な要素となる。
また、開発を担う日本のエンジニアには独自技術にこだわる自前主義が色濃く残っているため、現場レベルですんなりと協業が進むかは未知数といわざるを得ない。半世紀以上かけて勝ち取ったガソリン車の栄光を胸に収め、外部資源も取り込みながら協業による挽回策を模索することになる。機械工学系・技術研究系出身のトップが多い日本の自動車関連企業は、自社の知識ベースを変え、ソフトオリエンテッドな開発に資源を集中させ、素早く差別化技術を生み出す力を備える必要がある。
先進国にしては多くの自動車メーカーがひしめく日本で、国内勢がこうした変化に対応するには、ガソリン車で残存者利益を得ながら電動化・知能化時代での戦い方を早急に編み出し、実行に移す必要がある。単なる弱者連合では、BYDなど世界強豪に太刀打ちできない。業界再編による企業構造の改革と規模拡大で新たな価値を創造できるかどうかが問われる。
優秀なエンジニアの育成力
近年、製造業の競争力をめぐって、「サイバーフィジカルシステム」が注目されている。多様な生産データをセンサーネットワーク等で収集し、サイバー空間で分析を行い、そこで創出した情報によって、産業の活性化を図っていくものである。
過去の履歴と現在のライン状況をリアルタイムに比較し、最適な稼働率と生産量、製品の品質や設備の故障などのトラブルを予測し、仮想空間内で試作品の作成を可能とする。またこれまで職人技に依存していたノウハウや経験も数値化のうえで分析し、ロボット作業に代行させることも可能となる。そのシステムとの連携により、より高い生産性と品質を実現する【図表】。中国では官民あげてこのような取り組みが急速に展開されている。
[図表]サイバーフィジカルシステムのイメージ 出所:筆者作成
一方、こうした変革に対応し、現場で必要となるデジタルツールを使いこなすAI・ソフトウエア関連人材の育成が、より一層求められる。残念ながら米中と比べると、日本ではその分野の取り組みは遅れている。通信・情報工学の人材不足だけでなく、機械工学の人材・エンジニア市場でも変化が見られている。
日本の製造業では企業を引っ張るカリスマ的な経営者が少なくなっているが、現場を支えてきた優秀なエンジニアはグローバル市場で必要とされている。
現在、中国企業が日本に研究開発センターを設立し、日本人エンジニアの採用を強化している。大手自動車・電機メーカーを定年退職した人材だけではなく、現役も狙われている。中国企業に移った日本人エンジニアの大半は、中国企業に活躍の「場」を求めたにすぎず、日本企業が実力のあるエンジニアを活用し切れていない面も否めない。「頭脳流出」との批判があるものの、日本のエンジニアが評価されているということである。
一方、「自分で判断できない指示待ち社員が増えている」と前日産社長の内田誠氏が指摘したように、上司の指示だけをこなしてリスクをとらないエンジニアの増加が、日本企業全体の技術力を落としているともいえる。
こうした問題発見力を備えないエンジニアは、中国企業でも戦えないだろう。今中国勢は長時間労働を武器に開発期間を短縮しており、これまでの開発の常識を塗り替えようとしている。日本企業の働き方でどう伍していくかは、今後の大きな課題となる。そのまま行くと、「メイド・イン・ジャパン」は技術・品質とも世界一との「誇り」がいつのまにか「驕り」に変わり果て、エンジニアのレベル低下につながっていく。
国境を超えて人材は移動し、日本企業も国籍を問わない人材の登用をより活発化させれば、企業の優勝劣敗も瞬時に入れ替わりうる。技術を他社に売っても、追い抜かれないようにその技術を陳腐化させ、さらに一歩先を目指していくのが、真に強い企業である。優秀な人材の獲得や育成において、硬直的・横並びである人事制度の見直しを急ぐ必要がある。
特に「減点主義」の人事を徹底的に見直し、柔軟な戦略修正ができる力を保ちながら、果敢にチャレンジしていくこと、これこそが日本企業の強みといってもよい。リスクを積極的にとりにいければ、将来の収穫も大きくなるだろう。
