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日本で“エンジニアを爆買い”する中国企業…奪われる「優秀な人材」、日本企業が与えられない「活躍の場」

日本で“エンジニアを爆買い”する中国企業…奪われる「優秀な人材」、日本企業が与えられない「活躍の場」

日本自動車業界への示唆

日本の自動車産業の競争力は、高い擦り合わせ技術力を要する製品を効率よく、正確にかつ歩留まり高く製造する技術にあり、高い信頼性を要求される多品種少量品を製造するサプライチェーンの存在が強みになっている。

SDVの場合、中国勢がアプリケーション、通信機器、ソフトなどの分野で競争力を構築したのに対し、日本は電子部品や部材、素材技術を磨き、黒子としての役割を果たしている。現時点で、日本の製造業の裾野・基盤技術や基礎研究の厚みは、中国企業をはるかにしのぐといえる。

しかし、かつてのIT・携帯端末市場では、携帯電話からスマホ、ノートパソコンからタブレット端末に移行するものの、パソコンメーカーや携帯電話メーカーはスマホ・タブレット端末メーカーへの移行は困難であった。果たして、ガソリン車からEV、SDVへの移行で同様な現象が起こるのか。

この10数年で自動車業界に地殻変動を起こすのは、クルマの機能や体験を軸とするモノづくりと、サービスを統合する事業の布石を打ち垂直統合型ビジネスモデルで遂行することであろう。そのためには、必要な事業分野を吸収・学習し、既存事業と融合してサプライズ的に価値を提供する一方、異なる分野でのサービスも準備することであろう。

すなわち、今後の自動車産業の覇者は単なる自動車メーカー、モビリティサービス企業ではなく、エネルギーや社会インフラで強みを持つ企業であろう。そうなると、移動空間としての自動車は、そのエコシステムの一環にすぎないといえよう。

デファクトスタンダードを握る米国ハイテク企業、自国市場をテコに巨大な生産能力を持つ中国企業に対し日本企業が追究すべきなのは、得意とする現場力をサービスとして提供しつつ、製造から設計・サービスへと守備領域を拡大して、付加価値を増していくビジネスモデルに他ならない。

しかし、ビジネスの実証は国内で実施するとしても、市場としては海外を目指すしかない。海外の高度人材の獲得・定着は、日本企業にとっては、労働人口の増加のみならず、国際競争力の向上にもつながる。また一部の中堅・中小企業は、ニッチな分野や基盤技術分野で優れた技術を持つものの、人口減少や人手不足もあいまって、機械とITを融合させた高度な生産システムを自社だけで構築することが困難になりつつある。

さらにスタートアップ企業の支援において遅れている日本は、今だからこそリープフロッグで海外のいいところを取り込みながら、次のステップに挑戦していく土壌を作ることが必要だろう。

そのためにも、米国だけでなく中国からもさらに学び、進んでいる部分を積極的に取り込む必要がある。かつての「技能の属人化」重視から「ヒト+AIの可能性」にフォーカスし、企業成長にターニングポイントを作る仕組みを構築する必要がある。

問われる業界再編の覚悟

日本では、何か新たな事業を展開しようとする際に、まず規制ありきで、規則・法律を整備し制限をかけたうえで、認可された者だけにその使用権を与える。それに対し、中国ではまず自由に民間にやらせて、事業が拡大してくることが明白になってくると許認可制の枠決めを行うことが多い。経済効果をもたらすことを見越して、政策支援しているのが現状ではないだろうか。

2040年の日本市場では、充電インフラの整備、EVに対する消費志向の変化、EV技術の進化とコストダウンに伴い、新車販売の電動化率が5割を超える可能性がある。HVは価格と利便性で優位を確保する一方、小型EVのラインアップの拡充が電動車市場の拡大を後押しする。AIを活用する開発プロセスやマーケティング手法の革新により、コスト削減と市場投入までのスピードアップにつながる。

かつて世界を席巻した日本の家電・電子業界が韓国や中国勢に追い抜かれた歴史を、単なる過去の没落物語だと考えてはならない。伝統的企業が新興勢に敗れる破壊的イノベーションが、日本自動車業界でも起こりうるだろう。最終製品を製造するアセンブリにおいて、日本の大企業の力が衰えているのは否定できない。

一方、材料、部品、設備分野では、日本のサプライヤーは依然として世界で強い競争力を構築している。SDV の増加に伴う高性能なソフトウエアが生まれても、そのソフトウエアに対応する演算処理能力を持つハードウエアが重要となる。しかし、ハードウエアを製造する技術は、簡単にマネができない。試行錯誤の繰り返しで完成されたモノや製造プロセスの構築が勝負である。

属人化した技能を数値などで見える「技術化」に取り組めば、技術者が引き抜かれても簡単には負けないだろう。特定分野を仕切っている日本のサプライヤーは、ひたすら黒子に徹して世界シェアを維持する可能性がある。

とはいえ、未来のクルマの価値を決めるソフトウエアは、ユーザーが多いほど価値を高めることができ、車両の販売にとどまらず、ユーザーに提供するライフスタイルの体験を通じて自社ブランドへの愛着を生み出す。

2040年の自動車業界の戦いは、電動化、電池、自動運転といった車載関連技術の開発から、その後に来るスマートカーやエネルギーで作られるエコシステムの世界で、どう支配的な存在になるかに移っている。中国勢が世界自動車市場を席巻する可能性があるなか、日本の自動車メーカーがそのときも世界市場で戦えることができるのか、今から問われている。

湯 進

みずほ銀行

ビジネスソリューション部上席主任研究員
 

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