自身の事務所で「発達障害者 法律相談室」を開く弁護士の伊藤克之さん(49)=東京都日野市=は、自らも発達障害の当事者だ。
幼い頃から自身の特性を感じながらも知識がなく、「空気が読めないところがある」と思っていたくらいだったといい、弁護士になってから発達障害と診断された。
「東大卒の弁護士」。それだけ聞くと順風満帆な人生に聞こえるかもしれないが、幼い頃は特性からもどかしい思いをしたことも多かったという。なぜ弁護士の道を志したのか。自らの特性とどう向き合っているのか。話を聞いた。(ライター・渋井哲也)
「誘われるのを待っているような子どもだった」
「幼稚園の頃から内向的でした。一人でミニカーを10台、縦に並べて“渋滞”を作って楽しんでいました。誘われれば友達の輪に入ることができましたが、自分から誘うことができず、一人でいることが多かったです」
幼少期から人とのコミュニケーションが苦手だった。
「仲間外れというわけでもなく、一人でいるのが嫌だったわけではないのですが、誘われるのを待っているような子どもでした。運動神経が鈍かったのもあり、小学校の頃は、ドッチボールに参加しても真っ先に当てられました。それは嫌な気持ちでしたね」
中学生の頃は、同級生や先生との関係に悩み、周囲に反発していたという。
「同級生にガリ勉扱いされたり、運動神経が鈍いことを馬鹿にされたりした時には、けんかになりました。口げんかで言い負かされ、悔しくて手が出てしまったことも。その時は先生にしっかり怒られました」
また、「空気を読む」ことも苦手で、周囲との関係を悪化させた原因だったと話す。
「今考えれば生徒に楽しんでもらいたいという先生なりの工夫だったと思うのですが、授業中の先生の冗談が理解できず、思わず『早く授業を進めてください』と言ってしまったこともありました」
弁護士を志した原点は「現代社会」の授業
高校は、自分と同じような学力の人たちが多かったこともあり、比較的、落ち着いた環境だったという。
「高校の頃は特性について深く悩んだり考えたりすることはなかったですね。ただ、相変わらず、コミュニケーションは悩みました。まわりともっと打ち解けたいなと思いながらも、できませんでした」
勉強に打ち込んだ高校時代、伊藤さんは弁護士になりたいと思うようになった。
「もともと『現代社会』の授業が好きだったのですが、教科書で公害に苦しんでいる人たちの写真を見て、衝撃を受けました。それから、人権問題や労働問題に関心を持ち、漠然とですが、弁護士という職業に就きたいと考えるようになりました」
伊藤さんは東京大学法学部に進学。大学で「人権」のゼミに入った。
「震災被害者に関するフィールドワークを行い、報道被害の実情について伺うなど、現代社会の課題と結びつけて人権を学ぶことができました。こうした経験から、人助けができる仕事であれば、充実感を持って働けると思い、改めて弁護士を目指す決意をしました」
1998年、東京大学在学中に司法試験に合格した。「集中力がある」という自身の特性をうまく生かせた結果だというが、「もっと遊んでおけばよかったな」とも笑顔で振り返る。
過重労働で気力が低下、焦燥感、眠れない日々…
法曹になるために必要な1年間の司法修習では、沖縄に行った。
「なかなか遠くに行く機会もないので沖縄を修習先に選びました。休みの日は観光やダイビングもしましたが、考えさせられる日々でもありました。というのも、沖縄には基地問題をはじめ、兄弟が多い家庭の相続問題、移民問題、沖縄戦により曖昧になった土地の境界線の問題など独自の課題があったためです。沖縄弁がわからないことも苦労しました」
司法修習を終えると、人権や労働問題を扱う事務所に入所した。
「初仕事はよく覚えています。高齢者が先物取引で損失を被った民事裁判です。結局和解で解決しました」
しかし、過重労働でうつ病に罹患したことがきっかけで、溜まっていく仕事の多さに焦りを感じ、眠れない日々が続いた。
「39歳のときでした。子どものころから抱えていたコミュニケーションの難しさに加え、気持ちが上向きにならない悩みがあり、主治医から検査を勧められました。すると、ASD(自閉スペクトラム症)と診断されました。正直、長年の悩みや困難の原因がわかってほっとしました。
特性があったから人との関わりがうまくいかなかったんだと自覚し、2018年に独立しました」
「発達障害の理解浅い裁判官も」課題
現在、秘書やパラリーガル(法律事務職員)を雇わず、一人で事務所を切り盛りしている。
日野市に事務所を構えたのは、当事者会の人たちとの出会いがあったからで、やはり発達障害を抱える人からの相談が多いという。
現在の課題は、「裁判官の発達障害への理解が浅いこと」だと話す。
「発達障害は人によって症状がさまざまで、当事者である私ですら依頼者の特性がわからない部分もあります。まして発達障害のことをよくわかっていない警察官や検察官、裁判官などに、どうすれば理解してもらえるのか。日ごろから考えています。
たとえば、特に発達障害のある子どもは、誘導尋問に乗ってしまいやすい。そうした『供述弱者』の問題も見えてきました。警察官や司法三者がこうした特性を理解しなければ、冤罪を生み出す危険もあります。
多くの方に発達障害について知ってもらう必要がありますし、私自身も発達障害についてもっと勉強をしなければなりません」
伊藤さんの言葉は、穏やかだが揺るぎない。自身の特性と経験を武器に、当事者とともによりよい問題解決の形を模索し続けている。
■渋井哲也
栃木県生まれ。長野日報の記者を経て、フリーに。主な取材分野は、子ども・若者の生きづらさ。依存症、少年事件。教育問題など。

