
知名度は低いものの、特定のニッチ市場で圧倒的な世界シェアを誇る中小企業を経済用語で「隠れたチャンピオン」という。日本と同じく、中小企業の割合が多い”ものづくり大国”・ドイツには、「隠れたチャンピオン」を生み出すさまざまな支援制度がある。 一方で、ニッチ分野において技術力に定評がある日本とは何が違うのか。本記事では、岩本晃一氏の著書『高く売れるものだけ作るドイツ人、いいものを安く売ってしまう日本人』(朝日新聞出版)より、ドイツ経済の強さの秘密であるニッチ市場の中小企業を検証する。
隠れたチャンピオンの輸出比率は約6割
日本の中小企業の多くは大企業の系列下にあるため、ROA(Return On Asset=総資産利益率)が低い。一方、ドイツには系列がなく、中小企業は自由に高付加価値商品を販売可能なため、ROAが高いとされている。そのため、ドイツは「隠れたチャンピオン(※)」が生まれやすい土壌だと考えられている。
ドイツのハーマン・サイモン(Hermann Simon)によって提唱された「経営学」上の用語である。比較的規模が小さい企業も多く、一般的な知名度は低いが、ある分野において非常に優れた実績・きわめて高い市場シェアをもつ会社のことを指す。
三菱総合研究所の吉村哲哉研究員(当時)らは、2014年にドイツの隠れたチャンピオンの輸出に関し、おおよそ次のように分析を行った。『グローバルビジネスの隠れたチャンピオン企業』に取り上げられている隠れたチャンピオン企業1307社の売上高の平均は約400億円で、売上高合計が50兆円超ほど(1307社×400億円)。従業員数平均は2000人。これら隠れたチャンピオンの輸出比率は6割以上と推定される。そうすると、輸出額の合計は約30兆円程度であり、これは日本の自動車・同部品の輸出額(14兆円)の約2倍に相当する。
ドイツの隠れたチャンピオンが、いかに多くの輸出を行い、ドイツ経済を支えているか、わかるだろう。
また、難波正憲名誉教授、藤本武士教授(立命館アジア太平洋大学)らは、ドイツ語圏の隠れたチャンピオンと日本のGNT(Global Nitch Top)との行動比較を2013年から2017年にかけて行った。ドイツ語圏内に立地する隠れたチャンピオン16社を訪問調査し、日本のGNTの20社と国際化行動を比較している。
GNTとは、「世界市場のニッチ分野で勝ち抜いている企業や、国際情勢の変化の中でサプライチェーン上の重要性を増している部素材等の事業を有する優良な企業など」(経済産業省)のことである。
日本のGNTは、最初は国内市場で販売するが、国内が飽和すると輸出を考える。輸出は、まず商社(地元の中小商社)に依頼して海外進出するが、慣れるにしたがって自社で海外と直接取引するようになる。
調査を行った企業は、創業からここに至るまで中位数で39年を要している。日本企業は、国内市場を重視し、慎重に海外事業を進めるため、GNTに育つまで長期間を要する。
一方、ドイツ語圏の隠れたチャンピオンは、そこに至るまでの16社の中位数は11年、短いケースでは1〜3年であった。最初から外国での販売を想定した製品を開発し、一気に外国で商品を売り出す。それだけ海外に出ていくスピードが速いということである。
勝負しているのは“技術力”ではなく”国際化”
日本と欧州の中小企業の海外活動(輸出、対外投資)を比較すると、日本企業は、ほとんど外国に出かけて行かない。中小企業の人たちと話をしていても、外国に行ったことがなく、外国に行った経験があるとしても旅行社のツアーに参加して集団行動をしただけ、外国語(英語)ができないので外国人と話をするのが怖い、という話をよく聞く。日本は島国だと言われても仕方ない行動になっている。
中には、海外に積極的に進出している企業があるが、そのような会社は、だいたい社長が外国好き、新しいもの好き、というところが多い。
日独両国の産業構造に詳しいドイツ人は、ほとんど全員が声を揃えて、「日本の中小企業の技術力はドイツに遜色ない。だが、ドイツの中小企業と比べて決定的に違うのは、国際化していないこと」と言う。
だが、詳しく分析してみると、日本には国際化できる実力のある中小企業は多い。実力はあるが、外国人が怖い、外国が怖いと思いながら、外国に出て行っていないのだ。
