◆劇的な転機は隣人夫婦の一言から
その人物とは、問題の男性の隣に住む老夫婦。長年にわたり互いに声を掛け合う間柄で、男性にとっては数少ない“心を許せる相手”だったそうです。「理事会の話し合いの後、その奥さんがそっと手を挙げて言ったんです。『あの人、亡くなった奥さんのこと、今でも毎日のように話してるのよ。きっと奥さんの言葉だったら、聞くかもしれない』って」
その言葉に理事会は動かされ、老夫婦の提案を受け入れることに。数日後、夫婦は直接男性にこう声をかけたといいます。
「こんなにガラクタを家の前に置いていたら、あんたの奥さん、きっと悲しむよ。あの人、きれい好きだったじゃない。生きてたら、きっと怒ってると思う」
この一言に、男性はしばらく黙り込んだそうです。そして数日後、異変が起きました。
「最初は誰か別の人が片づけたのかと思ったんですが、見ていた住民の話では、ご本人が一人で、ゆっくりと荷物を片づけていたらしいんです」
◆人はこれだけ変われるもの
その日を境に、男性は毎朝少しずつ荷物を整理し始めました。何年も前から溜め込んだガラクタは、週を追うごとに減り、ついには廊下からすべての物がなくなったのです。「『これを捨てたら、奥さんに怒られないかな』と、何度も悩みながら作業をしていたようです。でも、あの一言が彼の心に火をつけたのだと思います」と三沢さん。
現在では、男性が共用部分に物を置くことはなくなり、団地の廊下には風が通るようになりました。
「ときどき、団地の花壇の手入れを手伝ってくれたり、朝のゴミ出しで挨拶をしてくれたり、少しずつですが、以前の穏やかな姿を取り戻しつつあります」
孤独の中で、自分だけの世界に閉じこもっていた男性が、隣人のたった一言で変わることができたのです。
<TEXT/八木正規>
(※1)内閣府発表:「令和6年版 高齢社会白書」より
(※2)健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間
【八木正規】
愛犬と暮らすアラサー派遣社員兼業ライターです。趣味は絵を描くことと、愛犬と行く温泉旅行。将来の夢はペットホテル経営

