母のおいなり屋を継ぎ、その経験をコミックエッセイに描いている漫画家・うんたさん。描くことが、もう一度母と過ごし、自分の人生を見つめ直すきっかけになったと語ります。50代の変化と新しい挑戦を通じて見えてきた“人生を味わい直す”ヒントとは?
母を看取り、その思い出をコミックエッセイに描いている漫画家・うんたさん。
愛媛県松山市で長年愛されてきた母のおいなり屋を継ぎ、BL漫画家と両立する新しい生き方を始めた54歳の今、「描いているうちに、もう一度母に会っているような気がした」と語ります。
自分の体と心の変化にも向き合う中で見えてきた“生き方の再構築”。
そして、描くこと・読むことがもたらす“人生を味わい直す”時間とは——。
母の味を受け継ぎ、50代でBL漫画家兼おいなり屋さんに

3年ほど前のこと。50代に入り更年期などで心身の不調に悩んでいたうんたさんは、母のいなり寿司屋を手伝い始めました。
「母が、お寿司を作るのがしんどくなってきたと言っていたんです。それまでは、ずっと母は元気でいるものだと思っていたし、ずっと親の作るものが食べられるような気がしていたんです。
だから、もうお店をやめようかなと母が言ったときに、ええ?となって。もう食べられなくなるのはイヤでした」
母の味が大好きだったうんたさん夫婦は、二人で母を手伝い始めます。
「手伝ったら母は続けられると思っていたんです。なのに突然、病気で余命半年を告げられて。母の味を残すには、もう夫婦二人でやっていくしかないねと覚悟を決めました」
母を支えながら、漫画家としても働く二足の草鞋の日々。
「母のように大量に作ることはさすがにできないのですが……。毎日毎日本当にすごい量を母が一人で作れていたのは50年間作り続けてきたからこそ。母にも『そりゃ無理よ。毎日してたからできるのよ』って言われました(笑)」
おいなり屋を手伝い始めて2年ほどで母が逝去。うんたさんは夫と共に母の味を受け継ぎ、2024年12月に、週末限定でおいなり屋をオープンしました。
「私たち夫婦が無理ない範囲でと、まずは週末だけの営業です」
“いつか形にしたい”とコミックエッセイ講座に挑戦!

母との思い出やお店をオープンするまでの経験を何かカタチに残したい、そして人々と共有したい――。そう考えていたうんたさんは、2025年春、「はちみつコミックエッセイ講座」に参加します。
はちみつコミックエッセイとは?>>
「30代の頃からコミックエッセイが好きで、いつか自分でもコミックエッセイを書いてみたい気持ちはありました。コミックエッセイを読んでいると、これまで描いてきたストーリー漫画とは絶対違う法則があるなと感じたんです。
そんなとき、この講座の講師が松田紀子さんだと知りました。「松田さんが手がけている作品は面白いものが多くて、この編集者さんにはきっと学ぶことが多くあるはずと思ってチャレンジしようと決心しました」
講座はオンラインで全5回。参加者は11名。
「講座では、読者が読んだときにどんな読後感をもってもらいたいかを頭において考えることを学びました。そして共感性の大切さも。細かな体験は違っても、『親の仕事を継ぐ』とか『親の介護をする』とか、私たちがみな通る道のエピソードを盛り込んで、読者が共感できることがポイントなんですね」
そのためには、描きたいことをただ読みやすく描くことだけではなくて、何を取捨選択するか、読んだときにすんなり意味がわかるかの塩梅が大事。
同じ世代の仲間と出会い、互いに励まし合う時間も支えになりました。
「この年になって同期ってなかなかいないもの。同じ立場、同じ目標を持つ仲間とアドバイスし合えたのは貴重な体験でした。同期メンバーとは今でもつながっています」
そして講座の課題で、母の思い出を題材にした作品を描き始めるうちに、うんたさんの心が、静かに動き出しました。
「描くにあたり、母との日々や関係を何度も何度も振り返り考えました。すると、もう一回、母と会っているような気がしてくるんです。なんだか自分の思いがどんどん浄化されていくような感覚というか。
これまでは母がいる日々が当たり前すぎて、あえて覚えておこうと思っていなかったところがあるんです。でも、作品作りの中で何度も思い出すことで、ちゃんと覚えられました」
描くことで、母との時間をもう一度生き直す。それは、“思い出す”という行為の中で、失ったものをやさしく取り戻す体験だったのかもしれません。

