◆自分に裁量権がある働き方は楽しい
──エルフィルムズの作品は、国際的な問題を扱いながらも、エンタメ色をしっかり感じます。粉川:’26年1月30日公開予定の(※5)『クイーンダム/誕生』は、ロシア出身のクィアアーティストのドキュメンタリーです。ロシアではLGBTQ+の活動が禁止されていて、政府に逮捕されるリスクがある。物理的な危険があるなかで、家族に理解してもらえなかったり、大学を退学させられたりと、等身大の悩みを抱えている様子を描いています。今後は韓国でアイドルを目指していてうまくいかなかった子たちの作品なども公開していく予定です。エンターテインメントの中に社会性を込めるというのは意識していますね。映画って年間1000本くらい公開されていて、ヒットしなければすぐ忘れ去られてしまう。流し見される状況自体は簡単に変えられないとはしても、見る人々の記憶に残る映画を届けたいと思っています。

粉川:(即答で)それはないですね。自分が買い付けてきた映画を上映できて、それに対して反響もあって、裁量権が大きい働き方はやっぱり楽しい。何だかんだいって自分には結局、リスクを取る生き方が合っているんだと思います。
【Natsumi Kokawa】
1996年生まれ。映画配給会社勤務を経て、25歳でElles Films(エルフィルムズ)を設立。ウクライナのアニメーション映画『ストールンプリンセス』の功績が評価され、ウーマン・オブ・ザ・イヤー2024を受賞した。現在は自社や他社映画の配給、宣伝業務などを行う
◆「ジブリへの感謝を込めた」ウスマン・リアス監督インタビュー
アニメ文化が存在しなかった国で、監督はどんな思いで『グラスワーカー』を作ったのか? インタビューの抜粋を紹介する。
幼少期にジブリ作品を初めて見て以来、宮崎駿監督や高畑勲監督作品らの繊細さ、感情の誠実さは、私の芸術性を深く形づくりました。ヒーローたちの足跡をたどりたかったので、私は『グラスワーカー』のすべての絵コンテを自ら描き、多くのシーンをアニメーション化しました。

「エルフィルムズ」の粉川氏から本作を公開したいと問い合わせが入ったときは、とても光栄に感じました。芸術における私の個性を形づくった国が私の作品を歓迎しているなんて、今までの人生のすべてがつながったように感じた瞬間でした。

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(※1)『ストールンプリンセス:キーウの王女とルスラン』
ウクライナのアニメ。騎士に憧れる青年が、悪の魔法使いチェルノモールにさらわれた王女ミラを救う。日本では主役の吹き替え声優に髙塚大夢(INI)が起用され、公開時には俳優の斎藤工がナレーションを務めた
(※2)『グラスワーカー』
パキスタン初の長編手描きアニメーション映画。アヌシー国際アニメーション映画祭でワールドプレミア上映、アカデミー賞パキスタン代表作品に選出
(※3)横浜フランス映画祭
フランス映画を宣伝する団体「ユニフランス」主催のもと、神奈川県横浜市のみなとみらい地区を中心に開かれる、国内最大級のフランス映画の祭典
(※4)ひろしまアニメーションシーズン
広島県広島市内で開かれる。環太平洋・アジア地域を中心に世界のアニメが集う。アニメーション映画祭としては国内で唯一、アカデミー賞に公認されている
(※5)『クイーンダム/誕生』
TikTokなどで支持を集めるロシア出身のクィアアーティストが、将来の不安や自己との葛藤を抱える様子を描くドキュメンタリー作品。’26年1月30日公開予定
取材・文/中野慧 撮影/小山幸佑 翻訳/飯田涼太郎 ©Mano Animation Studios
―[インタビュー連載『エッジな人々』]―
【中野慧】
編集者・ライター。1986年、神奈川県生まれ。一橋大学社会学部社会学科卒、同大学院社会学研究科修士課程中退。批評誌「PLANETS」編集部、株式会社LIG広報を経て独立。2025年3月に初の著書となる『文化系のための野球入門 「野球部はクソ」を解剖する』(光文社新書)を刊行。現在は「Tarzan」などで身体・文化に関する取材を行いつつ、企業PRにも携わる。クラブチームExodus Baseball Club代表。

