「自分で作成した出勤簿」が、残業の証拠となるのか?
元従業員から提起された残業代請求訴訟において、会社は「その出勤簿には信用性がない」と反論。しかし、裁判所は信用性を肯定し、会社に対して残業代約150万円の支払いを命じた。
以下、事件の詳細について、実際の裁判例をもとに紹介する。(弁護士・林 孝匡)
事件の経緯
Aさんは、化粧品の販売などをしているX社の正社員として働いていた。肩書は「執行役員副社長兼支社長」で、給料は月額50万円だった。
AさんはX社を約1年7か月で退職。それから1年ほどたったころ、X社に対して「残業代を払っていただきたい」「出勤簿や就業規則を開示してほしい」などと記載された書面を送付した。残業したのに残業代が支払われていなかったことについて、退職後に業を煮やしたのだろう。
しかし、X社は書面が到達していたのにもかかわらず、何の返答もしなかった。そこで、AさんはX社を相手取り、残業代を求めて訴訟を提起した。
裁判所の判断
Aさんの勝訴である。裁判所はX社に対して「残業代約150万円を支払え」と命じた。以下、裁判における争点を順番に解説する。
争点①:何時間残業していたか
1つ目の争点は、残業時間である。Aさんは、「私が働いた時間を証明するために、私が入力した出勤簿を提出する」と自作の出勤簿を証拠提出したが、X社は「Aさんが自分で作成した出勤簿では、労働時間の信ぴょう性がない」旨反論した。
しかし、裁判所は「Aさんが入力した出勤簿を信用する」として出勤簿の証拠力を肯定した。理由は以下のとおりだ。
〈理由〉
- 会社は労働時間をタイムカードなどで機械的に記録していない
- 労働時間の把握は【従業員が勤務簿(エクセル)に入力して会社に提出する】という方法だった
- Aさんが提出した出勤簿を見て会社が疑義を述べた形跡がない
■ 証拠は合わせ技で強くなる
あなたは、今回のAさんのように、労働時間を雑に管理されていないだろうか? そういう場合は、自分が書いたメモなどが証拠になることがある。メモする際には、「どんな仕事をしてたか」など、できるだけ具体的に書いておくことをオススメする。
そして、メモだけだと弱いので、仕事の終わりに誰かにメールを送るなどの記録を残しておく方法も併用してほしい。証拠は【合わせ技】で強くなる。
争点②:時間単価はいくら?
2つ目の争点は【単価はいくら?】である。残業代を請求する者にとって、ここがとても重要だ。なぜなら、残業代=単価×残業時間だからだ。単価が上がれば残業代も上がる。
Aさんは「私の給料は月額50万円だ。よって、単価も50万円である。50万円×残業時間で計算されるべきだ」と主張したが、会社は、「50万円は残業代を含めた金額。よって、単価は50万円よりも低い」と主張した。
会社の言い分は、固定残業代というものだ。つまり、「あらかじめ基本給+残業代で50万円を払っている。なので単価は50万円よりも低い」と主張している。
裁判所は、Aさんの言い分を採用した。すなわち、「Aさんと会社との契約を見ると、通常の労働時間の賃金に当たる部分と残業代に当たる部分とを区別することができない。なので固定残業代の運用は無効である」として、会社の理解が誤っていると指摘し、「月額50万円すべてが単価となる」と判断した。
■ 固定残業代のNG例とOK例
固定残業代のNG例とOK例は、以下のとおりだ。
× NG例
「月給25万円(固定残業代を含む)」
〈なぜNGか?〉
固定残業代はいくらなのか? 何時間分の残業なのか? ということが分からないから。
○ OK例
「月給25万円(固定残業代2万円(10時間分)を含む)」
「月給25万円(固定残業代2万円を含む)」
〈なぜOKか?〉
「この残業代は何時間分に対応してるんだな」と理解できるからだ。「月給25万円(固定残業代2万円(10時間分)を含む)」のように金額と時間が書いてあると丁寧だが、一般的には、「月給25万円(固定残業代2万円を含む)」のように金額だけでもOKと考えられている。「時給換算すれば何時間分かを計算できる」からだ。
本件のX社の契約は、上記に示したNG例のようなものだったのだろう。
以上より、裁判所はX社に対して、約150万円の残業代の支払いを命じた。
■ プラス110万円の支払い命令で合計金額は260万円に
さらに裁判所は「X社はAさんにプラス110万円支払え」と命じた。これは付加金と呼ばれるもので、裁判所が「残業代の不払いが悪質だ」と判断した場合、“お仕置き”として支払いが命じられるのである(労働基準法114条)。
そして、あまりに悪質だった場合には、最大で“倍返し”が命じられることがある(たとえば残業代が100万円としたら、付加金を100万円プラスして合計200万円の支払いが命じられる)。
今回、裁判所がX社に対して付加金を課した理由は、X社が残業代を適切に計算していなかった、残業代を支払わない運用を続けていたというものである。
最後に
本件は、企業側の労働時間管理の不備が従業員側に有利に働いた典型例である。会社が客観的な労働時間記録を備えていない場合、従業員の作成した出勤簿や業務メモ、メールの送信記録等が労働時間認定の有力な証拠となりうる。参考になれば幸いだ。

