日本各地で、ツキノワグマやヒグマによる人身被害が記録的な水準で発生している。
環境省が11月17日に発表した速報値によれば、今年4月から10月末までのクマによる人身被害件数は176件、被害者数は196人に到達。2006年度以降の同期で最多だった2023年度(被害件数165件、被害者182人)を既に上回る深刻な状況だ。
なかでも深刻なのが死亡者数の増加だ。10月末時点で死者は12人、さらに11月には秋田県湯沢市の山林で高齢女性が死亡する事故が発生した。今年度の死亡者は全国で13人(5日現在)となり、過去最悪だった2023年度(6人)の2倍以上に達している。
被害が集中しているのは秋田県(56人)が最多で、岩手県(34人)、福島県(20人)が続く。背景にはクマの個体数増加や、冬眠前の栄養源となるドングリの凶作などが指摘されるが、人の生活圏とクマの活動エリアが重なり始めているとの見方もある。
こうした状況を受け、国は法改正を行い、9月から一定の要件の下、人の生活圏における緊急銃猟を可能とした。また、自衛隊による駆除支援が導入され、国家公安委員会規則の改正により、警察官がライフル銃でクマを駆除できるようになった。
しかし、そもそもクマの繁殖状況が十分に把握されておらず、状況が改善しているとは言いがたい。
従来の冬眠時期も続く生活圏への出没
クマ被害はすでに社会問題となっている。例年であれば11月末には冬眠に入り、生活圏への出没は落ち着くが、被害の多い秋田県は2日付で被害防止体制の強化を発表する状況。
内容としては、自衛隊支援に向けた人員増強、小中学校周辺の巡回や忌避作業、市町村への箱わな・センサーカメラの貸与、さらにツキノワグマ出没による売上減少に悩む事業者向けの経営相談窓口の設置など、多面的な対策が取られている。
民間でも企業向けのクマ保険が登場した。東京海上日動火災保険が12月に提供を開始した「クマ侵入時施設閉鎖対応保険」だ。
施設内にクマが侵入し、閉鎖を余儀なくされた場合、営業利益の損失やクマ対策費用を補償するという。
同社は、「自治体向けに『緊急銃猟時補償費用保険』を提供してきたが、宿泊施設やゴルフ場、キャンプ場などでもクマ侵入による経済的負担が顕在化しており、これを踏まえて新たな保険商品を開発した」と説明している。
クマによる人身被害で国や個人に責任問える?
では、クマに襲われ死亡・負傷した場合、国や個人に法的責任を問うことは可能なのか。
動物関連法規に詳しい荒木謙人弁護士は次のように解説する。
「結論から言えば、損害賠償責任を追及することは一般的に『ほぼ不可能』です。
野生動物であるクマは、ペットや家畜のように特定の人物が占有・管理する『物』ではありません。民法では、飼い犬などが他人に損害を与えた場合、占有者(飼い主)が賠償責任を負うと定めていますが、野生動物には占有者が存在しないため、この規定を適用することはできません。
仮に餌付けを行う人物がいたとしても、加害個体の特定と、その個体と餌付け行為との因果関係を立証することは極めて困難で、現実的ではありません」
野生動物である以上、誰かの管理下にあるとはいえず、責任追及が困難なのはある意味当然といえる。しかし、人里など「従来は安全と考えられていた場所」で事故が起きても、国や自治体に責任を問うのは難しいのだろうか。
「例外的に、国・自治体の国家賠償責任を追及できる可能性はありますが、非常に限定的です。
まず、公務員が職務の執行にあたり、違法に損害を与えた場合(国家賠償法1条)。
たとえば、条例等に基づきクマの捕獲権限を有する行政が、その権限を適切に行使しなかったために事故が起きた場合などですが、『権限不行使の違法性』の立証が極めて難しく、さらに加害個体と行政が捕獲すべきだった群れとの関連を証明することも困難です。
次に、道路や公園といった『公の営造物』の設置・管理に瑕疵があった場合(国家賠償法2条)。
動物侵入防止策を講じる義務があったにもかかわらず、怠ったような例が想定されますが、実際には具体例がほとんどなく、こちらも成立はほぼ不可能とされています」
以上のとおり、野生動物による被害で国や個人の責任を問うことは極めて難しいのが現状だ。
秋田県は条件付きで人身被害への補償制度を運用
賠償請求が難しい一方で、自治体が独自に補償制度を設けている例もある。
被害が深刻な秋田県では、「野生鳥獣(ツキノワグマ・イノシシ)による人身被害見舞金給付事業」が実施されている。
秋田県民が2024年4月以降に県内でクマによる事故に遭った場合、死亡30万円、重度被害10万円、人身被害10万円の見舞金が給付されるというもの。
要件として、秋田県民であること、県内で発生した事故であること、30日以上の治療を要することなどが定められている。
クマ出没が頻発する地域では、住民が外出を控えるなど、日常生活にも影響が出ている。野生動物による人身被害の頻発は、もはや従来の想定を大きく超える事態となっている。
結果、従来の対策が半ば無力化し、後手に回ってしまった…。
自衛隊の後方支援や警察官による駆除などの動きもあるが、発想の転換を図り、個体数管理も含む、より抜本的な対策で自然の脅威に立ち向かうことが、いよいよ求められている。

