「元カノと一緒に仕事することになった」彼に告げられた28歳女の、複雑な胸の内

「元カノと一緒に仕事することになった」彼に告げられた28歳女の、複雑な胸の内

港区・西麻布で密かにウワサになっているBARがある。
その名も“TOUGH COOKIES(タフクッキーズ)”。

女性客しか入れず、看板もない、アクセス方法も明かされていないナゾ多き店だが、その店にたどり着くことができた女性は、“人生を変えることができる”のだという。

タフクッキーとは、“噛めない程かたいクッキー”から、タフな女性という意味がある。

▶前回:「好きだから別れる…」そう決断した女。しかし10年後男に再会したときに…


「…起きなきゃダメ?」

気だるげな声と共に、大輝に後ろから、また抱きすくめられた。起き上がろうとするたびに、あと少しだけ、と首筋に落ちてくるキスの誘惑に、ともみは1時間ほど前から何度かベッドに引き戻されている。

ベッドサイドテーブルに置かれた時計を見ると朝10時半。15時にTOUGH COOKIESに出勤する予定のともみは時間に余裕があるものの、確か大輝は12時から恵比寿でランチミーティングだと言っていた。中目黒のともみの家からは、タクシーを使えば10分程で着くとはいっても、そろそろタイムリミットだろう。

「もう起きた方がいいよ。先生を待たせられないでしょ?」

朝に弱い大輝の腕の中から、何度かの身じろぎの末に抜け出すことに成功したともみはカーテンを開けた。その快晴の光に、大輝が駄々をこねる子供のように背を向ける。

ランチミーティングの相手はキョウコで、共同執筆するドラマの打ち合わせらしいのだが、詳しい情報をともみはあえて聞かなかった。何度か揺り起こすうちに、なんとか大輝が起き上がり、ともみはお湯を沸かすためにキッチンへ向かった。

再来週の引っ越しのために荷物をまとめ始めたリビングには数個のダンボールが広げられている。朝の苦手な愛しい男を起こすことから1日が始まる。それが日課になることを想像すると、むず痒く幸せな気持ちになった。

「一緒に暮らしたい。ダメかな?」

ともみの部屋の更新が迫っていることを知った大輝にそう提案され、同棲することを決めた。新しい住まいは、2人が恋人になった頃にリノベーションが終わった、大輝が買った中古マンションになる。


付き合いだしてからの大輝は、その恋愛体質ぶりを遺憾なく発揮している。できる限り一緒にいたいと、日々のスケジュールの中心はともみで、大輝が大切に思っている人たちにも彼女だと紹介された。

大輝が兄や姉のように慕う、BAR・Sneetの常連客である雄大や愛、そして唯一の親友だと会わせてもらったのが同級生の勇太だった。大学までずっと強豪柔道部のエースだったという、縦にも横にも大きなマッチョ体型(180cm、100kg超)の彼が、ともみに会うなり、突然泣き始めたから驚いた。


「こいつ、ずっと報われない恋愛ばっかりしてきたから……大輝、ほんっっとに良かったなぁ、今度こそ両想いになれて。しかもこんなにかわいい子と…良かったぁ~、マジで良かったなぁ」



うれし泣きで号泣する人(しかもいかつい大男)を見たのは初めてで、面食らってしまったともみの横で、やめろよと顔をしかめた大輝もどこか満更ではなさそうで、2人の絆の純粋さが微笑ましく、羨ましくなった。



今度、父親にも紹介すると言われている。大輝が大切にしている人はそう多くはないけれど、その1人1人に、“オレの大好きな彼女”だと紹介される度に、あなたも“大切な人”の中の1人なんだよ、と言われてるようで、大輝の恋人になれた実感を持つことができていた。だから。



「連続ドラマの脚本の共同執筆の話が来てるんだ。ただ、もう一人の作家がキョウコさんで。ともみがイヤなら断る。だからどう感じているのか、ごまかさずに本音で教えてくれる?」



夕食を食べにでかけた白金のビストロで、大輝にそう切り出されたとき、ともみは、面白そうな仕事だと感じているのなら受けるべきだと即答できた。

ともみは、キョウコが大輝に別れを告げた本当の理由を、キョウコとの約束を守り、大輝に話していない。伝えないのはフェアではない気もして悩まなかったといえばウソになるけれど、わざわざ伝えるということは、大輝の自分への愛情を試すような行為になると思ったからだ。

― 大輝を試す必要なんか、ない。

疑い深く臆病な自分が、そんなことを思える日が来るなんて。ともみは、毎日フワフワと浮かれてしまっている自覚がある。

お湯が沸いた音に、知らず知らず緩んでいた口元を引き締めながら火を止めたとき、ゆったりとした足音が近づいてきた。時計を見ると11時少し前。打ち合わせに遅れずに済んだと微笑みながら、おはようと振り返る。



「う~…行きたくない。むしろ、ともみも連れて行きたいな」

まだ目覚めきれていない掠れた声に後ろから抱きしめられたまま、むしろ、っておかしくない?と見上げたともみの唇に、優しいキスが落ち…やがてそれは深いものになった。


「今回は、男女の作家さん…つまりお二人に、1話ずつを交代で書いてもらうラブストーリーを想定していまして」

恵比寿駅近くの駒沢通り沿い。50年ほど続いているというコーヒー専門の喫茶店で、大輝とキョウコ、そして映像制作会社のプロデューサーである宮本の3人での打ち合わせだった。



「昨年、キョウコ先生が書かれた恋愛映画を拝見しました。普段、社会派の骨太作品を理詰で作られる先生が、初々しくて不器用な純愛を見事に表現されていて…とても驚いて感動しましたし、

友坂先生が描く恋の描写は、行間に落ちている色気がすごい。さすが、モテまくってきた人は実体験がケタ違いなんだろうなといつも感心していまして、いつかラブストーリーを作る時には是非脚本をお願いしたいと思っていたんですよ」

“モテまくってきた”という表現を否定せず、ただありがとうございますと微笑んだ大輝に、慣れているのだなと心で苦笑いをしたキョウコは、宮本の様子を観察する。


― 私たちの関係を知ったから…ということではなさそう、ね。

キョウコは顔に出さずにホッとした。宮本とは数回仕事をしたことがあり、その年齢は30代半ばだったはずだ。初対面の時から「キョウコ先生とお呼びしていいですか?」と聞いてくるような人懐っこさに加えて、ヒット作を連発している敏腕プロデューサーとして知られている。

もしかしたら…大輝とキョウコの関係を知られて、それを面白がられての提案なのかもしれないと、少し勘ぐっていたのだ。

― 宮本さんが、そんなことをするわけはないのに。

その誠実な性格を知っていたはずなのに、と心で詫びながら、秘密を抱えた人間は暴かれる不安で過敏になるものなのだなとキョウコは改めて思った。

「今回は、キョウコ先生には年上の男性に恋をした女子高生のトキメキを、友坂くんにはその純粋な想いをぶつけられる年上男性の戸惑いを、1話ずつ交互に書いて頂きたくて。お2人の実際の年齢とキャリアとは逆の設定なんですけど、だからこそ面白い企画になるのではないかと思ってるんです」


宮本から企画書が送られてきたとき、キョウコもその設定に興味をそそられた。年上の女性(例えば人妻)に恋をして翻弄される年下の美しい青年…というような設定は腐る程見てきたし、年上の女性作家にはその表現を求められがちだ。

けれど今回は逆。しかも主人公となるのは、大輝が描く予定の男性で、しかも、“地味で冴えない中年の男”なのだ。しかもオファーは先に大輝に投げられたのだと聞き、大輝の実力が認められているからこそだと、キョウコは密かに喜んでいた。

しかも予算が潤沢にある超大作で、大輝にとっては間違いなく大きなチャンスになる。力になれるならなりたいけれど、でしゃばるのも違う気がして、「友坂先生が私でいいとおっしゃるなら」と宮本に伝え、選択を大輝に委ねることにした。

するとすぐに、「友坂先生が、是非、キョウコ先生と組んでみたいそうです」と連絡がきて、正式にプロジェクトが始動することになったのだ。


別れた恋人と仕事をする。未知の体験なのに誰にも相談できず、バカげているとは思いながらもキョウコはAIに聞いてみることにした。その答えは。


「とても良い質問ですね。多くの職場では恋愛関係や破局を理由に仕事を変えることまではできません。従って、別れた恋人と同じ職場で働くこと自体は特別なことでなく、実際、会社や業界が限られている場合や、専門職分野では頻繁に起こります」

― 専門職では頻繁に起こる、って…。



では、上手く仕事をしていくためのコツは?とも尋ねたが、感情と業務を切り分けるべき、とか、職場では他の人も見ているので必要最低限のコミュニケーションにとどめるように、などと極当たり前の答えしか返してもらえなかった。



「それで…お2人の脚本を作品に仕上げてくれる監督が誰なのか、ということなんですけれども」


宮本の視線がキョウコに移り、お会いした時にご相談しようと思っていたんですが、と神妙な顔になった。



「今回…門倉監督にオファーしたいと思っているんです」



反射的に大輝を見てしまったキョウコに、静かな微笑みで答えた大輝の感情は読めない。

「既に夫には…門倉には既に話が通っているということでしょうか?」



宮本は、少しだけ気まずそうに頷いた。



「今回の作品は、全世界に配信すればゴールなわけではなく、アジア、北米や南米、ヨーロッパなどのランキングでトップ10に選ばれることを目標にしています。なので、世界的な知名度がある監督にお願いしたいということが、我々の、そしてスポンサーの意向でもありまして。

門倉監督は世界の映画祭でも多数入賞されていて、特に北米とヨーロッパでは人気が高いですから、我々としても満場一致で…と言いますか、第一希望として、門倉監督を挙げさせて頂いたんです」

崇監督とキョウコ先生はこれまでも一緒に仕事をされてきていますし、お2人のパートナーシップは強固なものだと思います。でも今回は…キョウコ先生がやりにくくなることもあるのではないかと。

今回お2人にお願いしたのは、ラブレターの交換のような執筆形式です。相手の恋心に、恋心で返信をする。その往復によって芽生えた感情が脚本に表されていくことを楽しみにしていますし、まるで本当に恋に落ちているような、生々しい表現が見たいと期待しているんです。だからこそ…」

言葉を区切った宮本がキョウコを見た。つまり夫である崇が監督をすることによって、キョウコの恋心の表現に制限がかかってしまうのではないかと心配して、宮本は今、崇が監督で良いかをキョウコに確認しているのだろう。

― 的外れではあるけれど。

夫婦関係がとっくに破綻していることを知らない宮本が心配しているような、崇に対する気まずさも遠慮も、キョウコにはもうない。むしろ、監督が崇になれば書きづらくなるのは自分よりも…と大輝に視線を送りつつ、宮本に視線を戻した。

「私は夫との仕事でも、全く遠慮はしませんし、表現の制限もなく書くことができます。それはこれまでの門倉との作品でも証明してきたことですから、たとえそれが恋愛ものであっても変わらないかと。でも」

― 友坂くんのためには、崇ではない方がいい気がする。

監督を変えてもらえるか提案してみよう。そう思った時だった。

「僕は門倉監督とご一緒してみたいです。キョウコ先生が宜しければ、ですけど」

きっぱりと言い放った大輝の瞳は清々しく…迷いや戸惑いは全く感じられなかった。


▶前回:「好きだから別れる…」そう決断した女。しかし10年後男に再会したときに…

▶1話目はこちら:「割り切った関係でいい」そう思っていたが、別れ際に寂しくなる27歳女の憂鬱

▶NEXT:12月2日 火曜更新予定


配信元: 東京カレンダー

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