◆1か月後に聞いた、あまりに残酷なヒロさんの現状
ヒロさんが低い声で発したその一言は数年経った今も鼓膜に焼き付いている。それは、職なし貧乏暮らしの再開を告げる地獄のゴングだった。そうして仕事をクビになった僕は金が尽きるまで飲んで、生まれ故郷の静岡に引っ込もうと考えた。毎日ヒロさんと出会った居酒屋に入り浸り、宵越しの金は持たないとばかりに酒を飲み続けて1か月ほど経った頃、ヒロさんの奥さんがひとり店に入ってきた。初めて会った時よりも随分やつれ、以前のような軽快な笑顔はどこへやら、強めの悲壮感を漂わせていた。
「千馬君、ヒロが飲酒運転で事故して起きなくなっちゃったの……」
そういって俯く奥さんになんと声をかけたらいいかわからず、その日は店が閉まるまで無言で酒を飲み明かした。その帰り道「千馬君はまっとうに頑張りなさいね!」と肩を叩かれた。なんだかしっかりしなければいけないような気がして、僕は次の日から居酒屋に通うのをやめ、転職活動を再開した。
それからほどなくして、路上で会った居酒屋の常連客から、二人が離婚したという話を聞いた時に自然と涙がこぼれたのは、ここだけの話だ。いつか誰か幸せにしたい相手ができた時のためにしっかりと生きていこうと誓った。
人は誰しも、生きていればふいに誰かを不幸にしたり、迷惑をかけてしまうことがある。酒を飲みすぎるせいだったり、ギャンブルにのめり込むせいだったり、異性にだらしなかったり、仕事が続かなかったり連絡を返せなかったり……と原因は様々だ。これを読んでくれている方々も現在進行形で誰かを不幸に陥れているかもしれない。でもそんな時、大切な人の顔を思い浮かべてほしい。大丈夫、まだきっと取り返しがつくのだから。
<TEXT/千馬岳史>
【千馬岳史】
小説家を夢見た結果、ライターになってしまった零細個人事業主。小説よりルポやエッセイが得意。年に数回誰かが壊滅的な不幸に見舞われる瞬間に遭遇し、自身も実家が全焼したり会社が倒産したりと災難多数。不幸を不幸のまま終わらせないために文章を書いています。X:@Nulls48807788

