
人生の折り返し地点を過ぎ、出世や金銭的な目標を達成した後に訪れる、得体の知れない「虚無感」。仕事への情熱を失い、家庭にも居場所がないと感じたとき、人は刺激を求めて禁断の果実に手を伸ばしてしまいがちです。東京都心に住む会社員の事例をみていきましょう。※個人の特定を防ぐため、事例は一部脚色しています。
「まさか、あの人が…」
社会的地位があり、家庭も円満にみえ、経済的にも成功している中年男性が、突如として不倫やハラスメント、コンプライアンス違反といった破滅的な行動に走り、すべてを失う――。昨今、こうしたニュースが後を絶ちません。有名人だけではなく、同じ職場でもそのようなケースを見聞きしたことがある人は多いでしょう。
なぜ、そのような中年男性は築き上げてきたものを一瞬で無に帰すようなリスクを冒すのでしょうか? どのような結果になるか、わかっているはずなのに――。実は、その背景には「ミドルエイジ・クライシス」と呼ばれる、この年代の男性特有の精神状態が潜んでいます。
50代は人生の折り返し地点です。会社員の場合は定年までほんの10年程度しか残っていない、集大成の時期でしょう。若いころのような野心や夢は消え、体力と気力は極端に低下し、毎日体調がどこか悪い。いろいろな経験を積み重ねたがゆえに何事にも慎重。その姿は若い部下たちから「保身に走ったやる気のない老害」と揶揄されることさえあります。自分の社会人生活とはなんだったのか、これから先、どうやって過ごしていけばいいのか、見失いつつある世代なのです。
特に、若いころから優秀な実績を積み上げてきた男性ほど、この危機が深刻化しやすい傾向があります。正直なところ仕事にはすでに飽きていて、出世欲もない。金銭で買えるものはほとんど手に入れた。なのに、心の奥底にあるのは強烈な「焦燥感」と「虚無感」。これを埋めようとするとき、破滅的な行動に走りがちなのです。不倫行為がその典型例でしょう。学生のころから優秀で決してはめを外さなかった優秀な男性が、突然、中年を超えてから不倫の恋に没入し身を滅ぼしていくわけです。
本人たちが求めているのは単なる性的快楽ではありません。若いころに信じられた「エネルギッシュな自分」を、また取り戻そうとする行為なのです。しかし立場がある男性ですから、その代償は大きく、社会的にも経済的にも取り返しのつかないものとなります。ある事例をご紹介します。
年収3,200万円、タワマン、ポルシェ…成功者の憂鬱
<事例>
Fさん 52歳
外資系生命保険会社に勤務 支社長
年収 3,200万円
妻Mさん 49歳
専業主婦
Fさんは、都内にある外資系生命保険会社で支社長を務めています。年収は3,200万円。インセンティブ給が大半を占めるとはいえ、十分な年収を誇っています。28歳のときに証券会社から生命保険会社の営業職に転職しました。入社早々から優秀な成績を出し続け、社内表彰の常連に。年収は一時期8,000万円を超えていたことがあります。39歳で営業管理職にキャリアチェンジし、営業所長からスタートして42歳で支社長へと昇進しました。生命保険業界の典型的な成功者の1人です。
支社長になると同時に都心に1億6,000万円のタワーマンションも購入しました。いつも高級スーツに身をつつみ、革靴を磨く職人が週に一回、支社長室に出入りします。ポルシェで通勤し、支社のメンバー約100人を前に朝のミーティングでマイクを持って語りかける姿は、若い営業マンたちの憧れでした。
ところが50歳になったころ、軽いメンタル不調を発症します。原因はわかりません。昼になると異常な疲れに襲われるように。革靴が自分の足を縛り付けているかのような錯覚に悩まされることもしばしば。毎日毎日、決まって体調がよくありません。部下の前では元気なふりをし続けていましたが、1人になるとひどく疲れ、ため息ばかりなのです。
体調不良のせいなのか、それとも違う原因があるのかわかりません。ただ、Fさんが自分の仕事にすっかり情熱を失いつつあるのは確かでした。
出勤前、妻についたウソ
そんなある朝のこと。玄関で靴を履いていると妻のMさんが訊きます。
「今日も遅いの?」
Fさんは妻とは目を合わせずに答えます。
「うん、今日は新人の同行があるから、夜遅くなるよ。いってきます」
実はそれは嘘でした。妻には毎日のように嘘をつき続けています。今日は会社に出社する予定はありません。会いに行くのは一人の女性。それは直接の部下である、営業社員のKさん。Fさんと不倫関係になって半年になります。2人は支社のメンバーにみられないようにするために、別々に北陸新幹線で長野県の片田舎の駅にいき、そこで待ち合わせるのが常です。
これがどれほど破滅的な結果を招くのか、Fさん自身は理解できるはずでしょう。しかし、体調不良やメンタルの不調のせいか、正常な判断ができなくなっていたのかもしれません。
