取材:日本財団ジャーナル
- ※ 1.「産後うつ」とは、およそ10パーセントの罹患率があり、気分の落ち込みや楽しみの喪失、自責感や自己評価の低下などを訴え、産後3カ月以内に発症することが多い
- ※ 2. 「妊産婦」とは、妊娠から出産、そして産後6~8週間の産褥期(さんじょくき)と呼ばれる期間が終わるまでの女性を指す。妊婦、産婦、産褥婦を総称して妊産婦と呼ぶ
「妊娠中または産後1年以内の妊産婦の死因は、自殺が最も多い」。2023年に日本産婦人科医会が行った調査(※)によって、衝撃的ともいえる事実が明らかになりました。産後は、10人に1人が「産後うつ」と呼ばれる心の不調を経験し、なかには「産後うつ」が原因で子どもへの虐待、育児放棄につながってしまうケースもあります。
- ※ 参考:日本産婦人科医会医療安全部/母子保健部 関沢明彦「自殺による妊産婦死亡について」
こうした状況を受け、大阪府では妊産婦のサポート体制を充実するべく、大阪府妊産婦こころの相談センター(外部リンク)を設置。妊産婦やその家族の電話相談に応じるほか、保健所や自治体、医療機関、助産師と連携して妊産婦のケアに対応しています。
妊産婦のメンタルヘルスの実情や背景、妊産婦を支えるために必要な社会づくり、同センターの活動内容について、大阪府立病院機構大阪母子医療センターの皆さんに、お話を伺いました。

妊娠期、産後は、ホルモン変動と環境変化で心が不安定になる
――近年「産後うつ」という言葉をよく聞きますが、どんな病気ですか。
光田さん・病院長(以下、敬称/役職略):「うつ」という言葉は、状態として一時的に生じる「うつ状態」と、病気として診断される「うつ病」があり、これらは明確に区別されます。一般的に「産後うつ」とは、妊娠出産をきっかけに表れる「うつ状態」やメンタル不調も含めて抑うつ症状を伴う広範囲な状態を指す場合が多いです。
症状が長く継続し、「うつ病」をはじめとする精神疾患と診断される初期の場合や、一時的な不調の場合も含みます。具体的な症状としては、意欲の減退、不眠や食欲の低下、それらに伴う育児の困難などが挙げられます。
――「産後うつ」に至るメカニズムを教えてください。
光田:妊娠出産に伴う急激なホルモンの変動により、気分が不安定になることが大きな原因の1つです。また、妊娠中や産後の環境変化とも深く関わっています。
和田さん(産婦人科外来師長。以下、敬称/役職略):妊娠、出産、育児は「幸せ」だけでは片付けられないほど大変です。妊産婦さんは体に重い負荷がかかって思うように動けませんし、出産後は24時間365日赤ちゃんのお世話をして、自分のことは後回しになってしまいます。それまでの夫婦の自由な生活とは全く異なります。
妊娠前は健康で元気な人でも、妊娠出産を機に「産後うつ」や、その手前のメンタル不調の状態になることはよくあります。

――近年はインターネットやSNSの発達で、情報に振り回される人が増えていると聞きます。そうした状況もメンタルヘルスに影響するのでしょうか。
和田:可能性はありますね。私たちの病院に来る妊産婦さんの中にも、専門家よりもインターネットの情報に頼る人が急速に増えています。SNSで見るキラキラした子育てを「普通」だと思い込み、そうではない自分にどんどん落ち込んでいく人もいます。
平山さん(子どものこころの診療科副部長。以下、敬称/役職略):ネットの情報は必ずしも全てが正しいわけではないですし、子育ては家庭や子どもによってそれぞれです。
それにもかかわらず、「子育てには正解があって、それを知るために情報収集しなければいけない」と思い込む人が増えている印象です。少子化や核家族化によって、身近なモデルケースが減っていることも関係しているのではないでしょうか。
――「産後うつ」から自殺につながるケースもあるそうですが、どんなことがリスクを高めているのでしょうか。
平山:多くの研究で「精神疾患の既往歴がある」「妊産婦の年齢が若年もしくは高齢」「子育てのサポートが得られない」「望まない妊娠」「子どもに病気や障害がある」などの要因が指摘されています。
「産後うつや妊産婦の自殺に関連性があると思われること」とは想定されていますが、実際自殺に至る根本的な要因は一人一人異なり、なかなか減らすことができずに苦労しているのが現状です。
ほかの精神疾患と同様に、「これがこうなると発症する」「こういう状況にあると自殺につながる」といった直接的な要因を特定するのは難しいです。

――「産後うつ」のリスクを把握するために、病院ではどのような取り組みを実施していますか。
和田:私たちの病院に来た妊産婦さんには全員に助産師との保健相談の時間を設けています。妊娠中からのちょっとした不安や家族を含めての心配ごとを話してもらう中で、その不安を解消する手立てはないか、また産後に不安が大きくならないように、地域の担当保健師につなぐなど、早めの支援を心がけています。そして出産後は「エジンバラ産後うつ病質問票(※)」という産後の気分の落ち込みを測る質問票に回答してもらっています。
産後の「うつ病」のリスクが高い人の特徴を調べたところ、精神科や心療内科の受診歴以外に目立った特徴はありませんでした。
一方で、元々はリスクが高かったものの、リスクが下がった人は、「助産師や保健師との関わりが多い」という明確な傾向が確認できました。仮説ではありますが、相談相手がいることは自殺のリスクを低下させる一助になり得るのではないかと思います。
- ※ 「エジンバラ産後うつ病質問票」とは、産後うつ病のスクリーニング(選別試験、ふるい分け試験)を目的に作られた10項目の質問票。支援者が母親とコミュニケーションをとり、傾聴と共感という基本的なメンタルケアを行うためのツールとしても用いられている

――妊産婦の自殺はどのくらい起こっているのでしょうか。
光田:調査によって細かい数字は異なりますが、一般社団法人いのち支える自殺対策推進センターの調査によると、2022年から2024年の3年間で162人とするデータがあります。
この数は、女性全体の自殺率と比べて抜きんでているとはいえません。しかし、妊産婦の死因の1位が自殺であること、さらに統計上カウントされていない人もいると推測されていることなどを踏まえると、決して軽視できない事態です。

悩みを抱える妊産婦に寄り添う「妊産婦こころの相談センター」
――大阪府妊産婦こころの相談センターは、どんな機関か教えてください。
和田: 1つは、電話で妊産婦ご本人やご家族、パートナーからの相談を受ける役割を担っています。もう1つは、保健所や子ども家庭センター(※)、医療機関、自治体などの関係機関のワンストップ窓口として支援を行うと共に、関係機関からの相談に助言しています
光田:母子手帳を交付する際に案内チラシを配布し、府内の全ての妊産婦さんに当センターの存在を知ってもらうことを目指しています。相談員が話を聞く中で専門的なケアが必要と判断した場合は、精神科、心療内科などの医療機関を紹介することもできます。
- ※ 「子ども家庭センター」は、市区町村の母子保健機能と児童福祉機能が一体的に妊産婦や子育て家庭への相談支援を行い、早期から切れ目ない包括的で継続的な支援を実施することを目的としている

