◆八潮事故が示した「複合的リスク」の現実
橋本氏の指摘通り、八潮市の事故は、単なる老朽化だけでなく、複数の複合的なリスクが重なり合って発生した。「八潮の事故現場では、下水道管の形状がカーブしており、そこに汚水が滞留しやすく、硫化水素の発生が促進されたことが事故の一因と考えられています。この硫化水素が酸化して硫酸に変わることで、コンクリート管が内部から腐食するリスクが生じます。腐食のリスクが高い場所は、コンクリートなど腐食しやすい素材で造られ特別な防止措置が取られていないもの、下水の流れに急な段差や落差がある箇所、伏せ越し構造などで硫化水素が多く発生しやすい箇所とされています。
現在、全国の下水道管は状態によって「Ⅰ(重度)=速やかな対応が必要」「Ⅱ(中度)=5年以内に対応を検討」「Ⅲ(軽度)=長期的に使用可能」の3段階に分類されています。八潮の事故管は「Ⅱ(中度)」でしたが、それでも事故は発生しました。腐食は目に見える形で現れる前に管の内壁で静かに進行しており、こうした見えないリスクをどう把握し、対応していくかが今後の大きな課題です。
特に、都市化の早い段階で流域下水道を導入した地域ほど、現在老朽化のピークを迎えており、大阪府では腐食リスクの高い管渠の延長が全国で最も多い119キロメートルに及びます」
◆都市地下の「カオス」とインフラ間の相互作用
また、都市の地下には、下水道管だけでなく、雨水管、水道管、ガス管、電力ケーブル、通信ケーブルといったさまざまなライフラインが密集している。これらが個別に設計・施工されてきたため、空間的な干渉や相互影響が避けられない状況にあるのだ。例えば、上層にある管から水が漏れ出した場合、その水が下層にある下水道管や地盤に影響を及ぼす可能性がある。実際、複数のインフラが上下に交差する構造になっている場所では、一つの不具合が別の設備へと波及するケースもあるのだという。「また、下水道の形式にも注目が必要です。日本の都市部では雨水と生活排水を一本の管でまとめて処理場に送る「合流式」と、雨水と汚水を別々の管で処理する「分流式」の二つの方式が用いられています。分流式は環境面では優れていますが、構造的に複雑になりやすく、地下の空間にも余裕が必要です。また、「分流式の汚水管は(雨水で希釈されないため)汚れの濃度が高く、下水が滞留しやすいため、管内に硫化水素が発生しやすいのではないかという指摘もあります」
さらに、こうした複雑な構造が工事の際の誤掘削を引き起こす要因にもなります。設計図面が不正確だったり、情報がベテラン職員の記憶に依存していたりする現場も少なくありません。本来、地下のインフラは相互の位置や状態が一元的に管理されるべきですが、上下水道は国土交通省、農業用水は農林水産省、通信は総務省、電力は経済産業省と、縦割りの管轄が統合的な把握を困難にしています。
このように、地下はカオスともいうべき場所で、そこに設置された下水道もまた、周囲の構造や管理体制と切り離せない存在です。下水道管そのものだけでなく、周囲のインフラとどう連動し、影響を与え合っているかを把握することが、事故の未然防止には不可欠です」

