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酒井順子さんエッセイ「ブックホテルが快適な理由とは?」

酒井順子さんエッセイ「ブックホテルが快適な理由とは?」

最近、ブックホテルをあちこちで見かけるようになりました。
本を読むための宿と言ったらいいのでしょうか、たくさんの本が常備され、部屋も本を読みやすいようにできている、というホテルです。

先日、仕事で名古屋に行くことになり、名古屋情報をネットで見ていた時のこと。名古屋に
もブックホテルがあることを発見しました。

これまでは、「家がブックホテルのようなものなのだし、別にわざわざ泊まらなくても」と思っていた私。しかしこの時は、本を読まなくてはならない仕事を抱えていました。「試しにここに泊まって、集中して読んでみようではないか」と思い立ち、予約してみたのです。

当日、到着したホテルは、一階が洒落たブックカフェになっていました。ウェルカムドリンクをそこで飲みつつ、棚にあった名古屋本を読んで、情報収集。
他のお客さん達も皆、一人で本を読む人ばかりなので、読書に集中することができます。

部屋に行ってみると、さほど広いわけではありません。が、オットマンつきの一人がけソファーがあり、手元の照明も完璧。

ベッドに寝転がってみると、やはりそこも本が読みやすい照明になっています。「これこれ!」と、嬉しくなってきました。

本を読む人々にとって大切なのは、静寂および照明です。
いくら高級なホテルでも、ベッドで本を読むには暗すぎるライトしかなかったりすると、本読みにとっては良いホテルではない。
しかしさすがブックホテルは、その辺のことを心得ています。
どこで読んでも手元がしっかり明るく、読書に集中することができるのであり、気がつけば外が暗くなっていました。

ブックホテルだけでなく、昨今は様々な個性を持つ独立系の個人書店や、本を読むためのブックカフェも目立ちます。
本の売り上げはどんどん減り、街の書店も減っているけれど、本好きのための個性派施設が増えているのです。

この現象は、読書がもはや誰もがする行為ではなく、特殊な趣味になったことを示しているのでしょう。
かつては皆が本を読み、本はバンバン売れていましたが、今や読書は一部の好事家の趣味となりました。
電車の中でスマホをいじらず本を読む人は、特殊な存在なのです。

だから今、特殊な人達を隔離してあげられる環境が、必要とされているのでしょう。本好きしかいない空間で、我々は一人静かに、思い切り本を読むのです。
すっかりブックホテルが気に入って、またどこかで泊まってみよう、と思った私。

読書する人の姿は、こうしてますます人目につかなくなっていくのだろうなぁと思いつつ、翌日は名古屋の街をうろついたのでした。

酒井順子さん
1966年、東京都生まれ。高校在学中から雑誌『オリーブ』にコラムを執筆。大学卒業後、広告会社勤務を経て執筆業に専念。2003年刊行の『負け犬の遠吠え』がベストセラーに。近著に『老いを読む、老いを書く』(講談社)、『松本清張の女たち』(新潮社)。

文/酒井順子 イラスト/升ノ内朝子

大人のおしゃれ手帖2025年12月号より抜粋
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