
マイホーム購入時に受けた、親からの援助。購入を後押ししてくれた親の優しさが、相続などをきっかけに、深刻な家族トラブルに発展するケースがあることをご存じですか? 実情をみていきましょう。
やっと掴んだ幸せ
「この家から出ていきなさい」
千早さん(仮名)が、夫・順平さん(仮名)の母親からそう告げられたのは、夫の死からわずか1ヵ月後のことでした。
娘と再スタートを切ったシングルマザー
千早さんが順平さんと出会ったのは30代前半。前の夫からのDVが原因で離婚し、幼い娘を一人で育てるシングルマザーでした。千早さんの両親の協力は得られず、縁もゆかりもない土地で会社員として必死に働く日々のなか、同い年の順平さんと出会います。誰にでも優しく、とりわけ両親を大切にする彼の人柄に、千早さんは強く惹かれました。
二人が結婚を決めたとき、順平さんの父親からある提案を受けます。
「アパートの家賃を払い続けるくらいなら、家を建てたらどうだ。うちの敷地内に建てれば土地代もかからない」
順平さんの実家の土地を無償で貸し、そこに家を建てるというのです。順平さんは諸手を挙げて喜び、千早さんも一抹の不安はありましたが、娘と3人で暮らせる新築の家への期待が勝りました。順平の年収は450万円、千早さんの年収は320万円です。建物は家族3人にちょうどいい25坪、諸経費込みで2,200万円の住宅ローンを組みました。
1年後、マイホームが完成。順平さんの両親は千早さんの娘を本当の孫のように可愛がり、娘もすぐに「おじいちゃん、おばあちゃん」と懐きました。ようやく手に入れた穏やかで幸せな日々。しかし、その生活は長くは続きませんでした。
結婚から3年後、営業マンとして接待も多く、疲れをためていた順平さんが、職場で突然倒れます。脳卒中でした。あまりに早すぎる、突然の別れでした。
夫の死後、豹変した義母の痛烈な言葉
「どうして私はいつまでも幸せになれないのか」そんな落胆する気持ちを抱えたまま、葬儀を終え、千早さんは今後の手続きを進めはじめました。住宅ローンは、銀行で加入した団体信用生命保険(団信)によって完済されることがわかり、住む家は残ることに安堵します。
しかし、順平さんが遺した生命保険の死亡保険金は1,000万円。その受取人は千早さんではなく、順平さんの「お母さん」になっていました。順平さんが独身時代に加入した保険のまま、名義変更を忘れていたのです。
住宅ローンはないけれど、今後の生活はどうしよう……。自分の給料と遺族年金で、娘を大学まで出してあげられるだろうか。そんな不安が押し寄せた矢先、千早さんは義母に呼び出されます。
敷地内の隣にある義両親の家を訪ねると、ダイニングテーブルに座る義母が、硬い表情で口を開きました。
「順平が遺してくれた保険金1,000万円は、あなたに渡します。その代わり、この家から出ていきなさい」
一瞬、言葉の意味が理解できませんでした。義母は続けます。
「息子が亡くなった以上、あなたたちにずっとここに居座られると、将来、相続で揉めることになる。あの家は、この1,000万円で私たちが買い取ります」
義母が恐れていたのは、千早さんの娘の存在でした。順平さんと養子縁組をした千早さんの娘は、法律上、順平さんの実子として扱われ、義両親の財産についても代襲相続する権利を持ちます。義母は、自分たちが先祖から受け継いできた大切な土地が、血の繋がらない千早さんの娘に渡ることをなによりも恐れていたのです。
