いつまでも輝く女性に ranune
「え、ここ?」男友達と恵比寿で飲んだ夜。タクシーで帰ろうとしたら、連れて行かれた意外な場所

「え、ここ?」男友達と恵比寿で飲んだ夜。タクシーで帰ろうとしたら、連れて行かれた意外な場所

◆これまでのあらすじ

萌香(27)と正輝(30)は、付き合って半年。けれど萌香は、正輝の大親友が女性の莉乃(30)であることに不安と疑問を抱いていた。

半年記念で訪れた沖縄旅行で、莉乃の話題を出した正輝を前に萌香は思わず涙してしまう。それを見た正輝は、「もう莉乃と親密な連絡は取らない」ということを萌香に約束したのだった。

▶前回:「え、まさかそんなこと気にしてたの?」9年付き合っている彼氏が、突然女に漏らした不満とは



Vol.8 <萌香>


正輝くんの部屋のダイニングテーブルは、少し小さい。

でも私は、その小ささが好きだ。

2人用のテーブルには───私と正輝くんの他には、誰も入れる余地が無いから。

今夜そのテーブルに並んでいるのは、秋刀魚のトマト煮とサラダ、それからキノコのスープ。

珍しく「今日は早く仕事を切り上げる」と正輝くんが言っていたので、私はゆっくりお部屋デートがしたくて合鍵を使って先に部屋に入り、手料理を作って待っていた。

だけど…。

正輝くんが早く帰ることにしたのは、別に仕事が暇だったからというわけではなかったらしい。

「…って、職場のBAさんが言うの。正輝くんはどう思う?」

「ああ、うん…」

「うん、って…。ねえ、ちゃんと聞いてる?BAさんが、一緒にダンス動画あげようっていうの。正輝くんは嫌じゃない?」

「あ…っ、ごめん。うん、いいんじゃないかな。萌香が好きなようにしたらいいと思うよ」

慌てて答える正輝くんは、すごく優しい。

ニコッと微笑んだ顔もいつも通りかっこいいけれど、正輝くんの気持ちが今ここにないことは、もう半年も付き合っているから私にはわかる。


黙々と秋刀魚を口に運ぶ正輝くんに、私は尋ねる。

「ねえ、正輝くん。最近なんか元気ないね。大丈夫?」

「え、そんなふうに見える?いや、今抱えてる案件がちょっと入り組んでて、どうしても考えちゃってさ…この後ももしかしたらちょっと会社戻るかも」

「そうなんだ…。何か、私でも相談に乗れることがあったら言ってね」

「ありがとう、大丈夫だよ。

でも、萌香。手料理も嬉しいけど、平日は俺どうしてもこんな感じになっちゃうから、無理に来てくれなくても大丈夫だからね」

「うん…」

明らかに、仕事のストレスが増えているように見える。

沖縄旅行から帰ってからというもの、正輝くんはずっとこんな調子なのだ。

― もしかしたら、いい歳して泣いちゃったり束縛しちゃったりしたから、私のこと嫌になったのかも…。

そう考えてもみたのだけれど、私にはいつも通り…ううん、いつも以上に優しいところを見ると、どうやら本当に仕事で悩みを抱えているだけらしい。

こんな時、彼女なのになんの力にもなれないというのは、すごく寂しい。

きっと莉乃さんなら、正輝くんを元気にする方法を知ってるんだろう。



旅行先で「もう今までみたいに莉乃に連絡をしない」と宣言してくれてから、正輝くんは本当に莉乃さんと連絡を取り合うのをやめてくれた。

あのとき泣いてしまったことについては、我ながらなんて鬱陶しい女なのだろうと思う。

だけど、せっかくの2人きりでの旅行先でまで莉乃さんの名前を聞くことになるのだと思ったら、自分でもびっくりするくらいショックを受けてしまったのだ。

― もしかしたら、正輝くんは莉乃さんのことが好きなのかもしれない。

そんな妄想が一気に加速して、鼻の奥がツンと痛くなるのを止められなかった。

結果的には、よかったと思う。

ずっと言い出せずにいた「男女の友情なんて信じられない」という私の考えは、あんな衝動的な気持ちに背中を押されたのでなければ、愛想をつかされるのが怖くてきっと言い出すことはできなかったから。

正輝くんが、莉乃さんよりも私の想いを尊重してくれたことは、正直嬉しい。あの事件があったからこそ、私は正輝くんのことが前よりももっと、どんどん大好きになっている。

だけど…。

― 本当に、これで良かったのかな。

こうして元気のない正輝くんを目の当たりにするたび、ふっと考えがよぎる。

もしも莉乃さんが、あの明るさで、豊富な知識で正輝くんを笑顔にできるのなら…。

正輝くんを助けてあげてほしい。そんな風に思うこともあるのだ。



― 男女の友情って、本当にあるのかな…。

私の作った秋刀魚のトマト煮を、考え事をしながらちびちびとつつく正輝くんを見ながら、私はじっくりと自分自身の気持ちを分析する。

莉乃さんのことは、嫌いじゃない。

それどころか多分、好きだ。───正輝くんの親友なんかじゃなければ。

ふと、莉乃さんの彼氏の秀治さんのことを思い出す。

9年も莉乃さんと付き合っているという秀治さんはつまり、莉乃さんと正輝くんの友情も9年見守っているということなのだろう。

― 男女の友情はあるって、心から思えたら…。こんなふうに正輝くんを束縛せずに、秀治さんみたいにふたりを見守れるのかな。

「ねえ、正輝くん」

「ん?」

「…おかわり、いる?」

莉乃さんに会いたい?という言葉をギリギリのところで飲み込んだ私は、とっさに違う言葉でお茶を濁す。

だめ。その言葉は、私にはまだ早い。今また束縛を解いてしまったら、きっと私はまたふたりの関係を疑ってしまう。

この醜い束縛から正輝くんを解放してあげるためには───まずは私が、すべきことをしなくてはいけないのだ。




「乾杯〜」

正輝くんの部屋で手料理を作ってから2日後。

今夜私が、恵比寿の居酒屋でビールグラスを合わせているのは、正輝くんではなく同期の中村くんだ。

「萌香ちゃんと2人で飲むのって、意外と初めてだよね」

「そうだよね、中村くんと会う時はいつもゼミメンバーか同期で集まってだったから」

「そういや、萌香ちゃん一昨日の同期飲みいなかったね。来るって聞いてたけど」

「うん、ごめんね。せっかく中村くんが一時帰国してきてるのに…急に予定が入っちゃって。

“友達”が帰ってきてるのに会えなくて残念だったから、中村くんが今夜も予定空いてて嬉しいよ」

中村くんとは同じ化粧品会社の同期でもあり、上智大学時代のゼミの同級生でもあるのだ。

ゼミから同じ会社に入ったのは、中村くんと私だけ。なんだかんだでもう7年も同じ環境で過ごしているのだから、私にとっては数少ない男友達なのだと思う。

「いや〜。日本に久しぶりに帰ってきたけど、上海よりも蒸し暑いね」

そう言って笑顔を向ける中村くんの、シャツの袖を捲った腕が見える。

スラッとしていて、男の人にしては小柄で細身。中性的な雰囲気で性的な魅力を感じさせないのも、今夜の私の目論見にピッタリだった。

― 中村くんとだったら、何か起きるわけがないもんね。7年もの間、“友達”の枠を超えなかったんだもん。

今夜私がこうして中村くんと飲みに来たのは、それを確認するためだ。

男女とはいえ、何も起こるはずがない相手。

男女とはいえ、仕事や昔話の色気のない話で完結する相手。

今までは男性とそんな関係を築いたことはなかったけれど、それはもしかしたら、単純に私が機会に恵まれていなかったり、潔癖すぎただけなのかもしれない。

正輝くんと莉乃さんほどじゃないけれど、これだけ長い間ただの友達でいられた中村くんとなら…男女の間に友情が成立することを、きっと改めて納得できる。

そう思って、「同期飲みに行けなくてごめん」という名目で、私の方から声をかけた。

場所は、上海勤務から一時帰国している中村くんが便利だという、恵比寿の居酒屋になった。



すこしぎこちなかった雰囲気は、グラスを空けるたびに打ち解けていった。

「中村くんは早々に海外勤務に抜擢されて、すごいよね」

「まあね、やりがいは大きいよ。でも、萌香ちゃんの本社勤務もさ…」

「そうだ。ゼミの先輩の結婚の話、知ってる?」

「聞いた聞いた、超びっくりした!相手ってあの人だよね」

あたりさわりのない会話をしながら、ほろ酔いの頭で考える。

― なんか…ちょっと分かるかも。異性の友達って、恋愛がからまなければものすごく気楽なんだ。

ずっと女性だらけの環境にいると、周りに合わせるのが上手くなる。

それはつまり、女性同士の人間関係はそう簡単じゃないということを意味していた。

暗黙のうちに感じる、嫉妬や同調圧力。気づかないふりをして笑顔で受け流す、値踏みの視線と自虐風のマウンティング。

そういった女性特有の繊細なかけひきは、男女の間には必要ない。

もしかしたら、あらゆる面においてライバルになりにくいというのが大きいのかもしれない。

― こういう関係だったら、確かに仕事の話もしやすいかも。正輝くん、同期はライバルでもあるって前にこぼしてたし…。

正輝くんと莉乃さんが、忖度なしに仕事の意見交換などができる関係だというのが、少しだけ理解できるような気がした。

そしてその“理解”は──このすぐ後に、粉々に打ち砕かれることになった。



「ああ〜、結構飲んだなー!」

気がつけば24時近くになっていたことに驚いた私たちは、慌てて店を飛び出した。

「ねえ、中村くん。本当に半分払うよ。友達に奢ってもらう理由ないし」

「いいって!女の子にお金出させるなんて、そんなダサいことできないっしょ」

戸惑う私に、中村くんは笑いかける。

そして、次の瞬間。

「あっちでタクシー拾おう」

そう言って、ぐいと私の肩に腕を回したのだった。

「ちょ…」

「ごめん、ちょっとつかまらせて」

有無を言わさない雰囲気に、私は黙り込むしかなかった。中村くんの足取りは大通りに沿っていたから、タクシーを拾うまでの辛抱だとも思った。

でも───すこし歩いて中村くんの足が止まったところは、タクシー乗り場なんかじゃなかった。

「ね…ここ、俺が泊まってるホテル」

ガラスの門構えが、私の目の前に立ちはだかっていた。

私の肩に回された中村くんの腕が、私が今夜手に入れかけた“理解”を粉々にしていく。

― 嘘つき。やっぱり、男女の友情なんてないじゃん。

冷えていく頭の芯で私は、そう自暴自棄に吐き捨てた。

少し遠くの暗がりの中に、莉乃さんの顔が見えた気がした。


▶前回:「え、まさかそんなこと気にしてたの?」9年付き合っている彼氏が、突然女に漏らした不満とは

▶1話目はこちら:「彼氏がいるけど、親友の男友達と飲みに行く」30歳女のこの行動はOK?

▶Next:9月15日 月曜更新予定
萌香はまさかの、他の男とホテルへ…?一方の正輝は、意外な場所に


配信元: 東京カレンダー

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