◆救急車にあおり運転!?

佐々木千佳さん(仮名・30代)は、救急隊に配属され、緊急走行にも少しずつ慣れ始めたころだったという。
「傷病者はかなり危険な状態で、後ろでは先輩2人が処置をしていました。『揺れを極力抑えて、安定した走行を……』と何度も言われていました」
病院までは約10キロ。サイレンを鳴らし、赤灯をつけて慎重に搬送していた。ルートは何度も通ったことがあり比較的わかりやすい道だったが、坂道が多く一本道が続く区間でもあったそうだ。
「一本道って、道を譲ってもらいにくいんですよね。それでも通常は、サイレンが聞こえればみなさん避けてくれるんです」
しかし、その日は違った。前方にいた1台の車が、拡声器で「道をお譲りください」と呼びかけても、まったく道を譲る気配がなかったのだ。
「“なんで?”って戸惑っているうちに、しばらくそのまま走ることになりました。でも、赤信号でようやく追い抜けたんです」
ホッとしたのも束の間、今度はその車が後ろからピッタリとついてきたという。
◆命に関わる場面で「手が震えていました」
「なにかの偶然かと思いました。でも明らかにおかしくて……。車間距離を詰めてくるし、まるで挑発しているような動きでした」
まさかの救急車への“あおり運転”。佐々木さんは手に汗をにじませながら、ハンドルに意識を集中させた。
「後部では処置中ですから、急ブレーキなんてできません。緊急走行中でも、乱暴な運転は“ご法度”なんです」
前方の信号が赤に変わり、佐々木さんは安全確認をしながら交差点へと侵入。救急車ならではの緊張感を伴う場面だという。
「そしたら、後ろの車まで信号無視してついてきたんです。“噓でしょ”って思いました」
その瞬間、あおっていた車は慌ててハンドルを切り損ね、縁石にタイヤをぶつけて停車。車体が大きく傾き、損傷していたようだ。
佐々木さんが運転する救急車は、そのまま病院へ直行した。幸い、傷病者は医師による迅速な処置を受け、一命を取りとめることができた。
「さすがに手が震えていました。『運転って志願制なんですか?』ってたまに聞かれるんですけど、自治体によって異なります。救急車の運転は、基本的に若手が担当します。私は普通自動車免許と緊急走行の訓練を受けて、現場に出ていました」
救急車の運転手には “落ち着いた判断”がなによりも求められる。
「この経験で学んだのは、“いつでも冷静に”。あのとき動揺していたら、傷病者の命はなかったのかもしれません。今はその責任を、ちゃんと受け止められるようになりました」
<取材・文/chimi86>
【chimi86】
2016年よりライター活動を開始。出版社にて書籍コーディネーターなども経験。趣味は読書、ミュージカル、舞台鑑賞、スポーツ観戦、カフェ。

