◆これまでのあらすじ
ニューヨーク転勤をすることになった総合商社勤務の成瀬遥斗(28)。
付き合っていた彼女にフラれ、新しい出会いを探すことに。
ある日先輩の二宮に呼ばれ、在米日本人の集まりに参加した遥斗は、CAの香澄と出会い、意気投合する。
▶前回:「何も持って来ていないの?」S級美女とのデート終わり、プレゼントを期待された男が出した正解とは?
Vol.5 完璧な女・CA、香澄(26)
マンハッタンに来てから7ヶ月。
慌ただしく過ごすうち、気が付けばもう冬の気配を感じる季節になっていた。
けれど遥斗の心には、季節外れの春が訪れている。
最近出会ったCAの香澄と、いい感じなのだ。
たまたま遥斗の日本出張が重なり、日本で二回食事をした。
今回は香澄がニューヨークに来ると連絡をくれて三回目のデート。
11月に入り、街はハロウィンからサンクスギビングの装いに変わり、ホリデー限定の特別ディナーやデザートが用意され始めていた。
遥斗が予約したアッパーイーストにあるアメリカ料理『Hoexters』で待っていると、少し遅れて香澄がやってきた。
「ごめんなさい、道が混んでいてUberが全然動かなくて」
申し訳なさそうな表情で現れた彼女は、相変わらずすべてが完璧だった。
緩くカールした黒髪は絹のように滑らかに揺れ、ふっくらと潤んだ唇からこぼれる声は、鈴のような余韻を残して遥斗の耳を包み込んだ。
ロゴを主張する華やかさはないが、シンプルで上質なワンピースに、控えめながら存在感のあるバッグ。足元には、磨き上げられた低めのヒールが静かに気品を添えている。
アクセサリーから時計に至るまですべて、控えめで品を感じた。
香澄は流暢な英語で注文をすると、フライトの後だというのに、疲れなど見せずに美しく微笑む。
「時間作ってくれてありがとう。時差が残ってる中で大変じゃなかった?」
「ううん、もう慣れました。こう見えて、いつでもどこでも寝られるタイプなんです」
か弱そうに見えて、実はどこでも寝られる。そのギャップがまた可愛い。
同じような環境で育ち、日本語で細やかなニュアンスを伝え合える安心感。
さらにCAとして磨かれた気遣いに加え、所作や言葉遣いに見られる美しさ。
― 完璧だ。彼女こそ、俺が探し求めていた人かもしれない…。
遥斗はどんどん惹かれていった。
話題は仕事から趣味の話、そして子どもの頃好きだったものなど、絶え間なく話が弾む。
「遥斗さん、食べ物は何が好きですか?フレンチとか?」
「フランス料理とか懐石料理も好きだけど、結局カレーとかハンバーグが落ち着くというか、上位から退かないんだよね」
「そういえば、食事と異性の趣味って似ているって聞いたことがあるんですけど、遥斗さんもそう?私はどっちの部類に入るのかしら?フランス料理?カレー?」
「え?」と返答に戸惑っていると、香澄は「ふふ、冗談ですよ。意外と真面目ですよね」と意地悪に笑う。
無邪気に冗談を言い合えることが心地よく、遥斗は香澄との時間が何よりも楽しいと感じる。
最近は尽くす恋が多かったが、やっと本来の遥斗らしい恋愛ができている気がした。
「ご馳走さま。すごく楽しかったです」
「また会えるかな?」
「もちろん。次は遥斗さんのお部屋が見てみたいな」
香澄の方から言われ、内心「やった」と思う。
二人はキスを交わし、見つめ合う。香澄の瞳の中にも熱を感じた。
◆
次の日。取引先とミーティングの後、二宮に誘われ会社近くのカフェでコーヒーを飲むことにした。
仕事の話の後、いつものように二宮が切り込む。
「で、最近はどうなの?なんか遥斗、楽しそうだけど」
「そうですか?この間、二宮さんに呼ばれた日本人の集まりで出会った人と、いい感じなんです」
「え、もしかして…香澄ちゃん?」
遥斗が「はい」と答えると、二宮の顔が一瞬曇った。
「あー、そっか。香澄ちゃんか…」
「え、なんですか?知り合いですか?」
「いや。うん、まあ、楽しんで」
二宮の言い方が気になったが、ちょうど香澄から連絡が来て、遥斗はすぐに忘れてしまった。
◆
12月半ばの土曜日。
昨日ニューヨークに到着した香澄と、昼からデートをした。
『ABC Kitchen』でランチを楽しんだ後、ユニオンスクエアのホリデーマーケットへ。手作りのキャンドルやマグカップを眺めながら、クリスマスの思い出を話す。
夕方には「クリスマス・スペクタキュラー」のショーを観て、ロックフェラーセンターの巨大ツリーを見にいくことに。
人混みの中離れそうになった時、二人は自然と手を繋いだ。
その時、スケートリンクを見つけた香澄が、嬉しそうに遥斗の顔を見て言う。
「ねえ、滑ってみよ?」
無邪気に遥斗のコートの裾をつまむと、チケット売り場に並びに行く。行列ができていたが、二人で並んでいれば時間などすぐに過ぎた。
「俺、スケートなんて何年ぶりだろう…」
「じゃあ競争しよう。私が勝ったら、そうだな…遥斗さんの一番恥ずかしかった黒歴史を、一つ教えてくださいね」
そう言い残すと、香澄は華麗な滑りで反対側まで滑っていく。
思わず笑みが溢れる。いつもの上品な彼女とは違い、少女のような笑顔がとても可愛く見えた。
― 可愛い子とニューヨークでクリスマスデートなんて、完璧だな。
そして夜、夕飯を済ませた後、二人は遥斗のアパートメントで過ごすことにした。
マーケットで買ったキャンドルに火を灯し『Amarone』のワインで乾杯する。
美しい夜景をバックに、お互いの気持ちを表すような深い紅色がグラスを染める。
その日、遥斗はこの上ないほど最高の夜を過ごした。
外泊できない香澄をホテルまで送り届ける。Uberの車内でも二人は手を繋ぎ、香澄は遥斗の肩に頭を預けた。
1秒でも長く一緒にいたい、と願う遥斗に、香澄が独り言のように囁いた。
「来年もこうして過ごせたらいいな」
その言葉に、胸が熱くなる。遥斗は香澄とこの先も長く続けられると、そう信じた。
「他のクルーに見られると気まずいから」と、ホテルのエントランスから少し離れたところで降ろす。
「ありがとう、またね」と微笑む香澄と離れたくなくて、思わず抱きしめた。香澄も離れ難いように遥斗を抱き返し、二人は別れを惜しんだ。
だが年が明ける頃、香澄からの連絡は徐々に減り、やがて途絶えた。
― どうしたんだろう?また今日も空の上?
不安が遥斗を襲う。CAという職業柄、忙しいのだろうと自分を騙しながら過ごす。
そして迎えた2月初め。「次はいつ会えるかな?」と送ったところ、ようやく香澄からメッセージが届いた。
「ごめんなさい、もう遥斗さんとは会えない」
遥斗は動揺しながら「どうして?」と送る。一体何がダメだったのか、見当がつかない。
数分後に返ってきた香澄からのメッセージに、遥斗は落胆した。
「ニューヨークの恋は私にとって、ひと夏の恋のようなものだった。素敵な思い出だけど、もっと地に足のついた恋愛をしたいの」
― 地に足がついた恋…?
正直、遥斗には納得できなかった。
「なんでだよ…」と思うが、これ以上何を言っても、一度決めた女性の心が変わることはないことを、元カノから学んだ。
「わかった。ありがとう。元気でね」と送り、二人はあっさりと終わった。
◆
翌日の早朝、遥斗がデスクで仕事をしていると、出社してきた二宮が開口一番に言った。
「なんか元気ないな、香澄ちゃんにフられたか?」
「え、どうしてわかったんですか?」
「え、マジで?」
二宮は眉毛を下げて驚いた後、やっぱりという表情を見せる。
「二宮さん、香澄ちゃんについて何か知っているんですか?」
理由がわからず悶々としていた遥斗は、二宮に答えを求める。二宮は言いにくそうに打ち明けた。
「俺も初対面だったし何も知らないけど、彼女は俺たちの手に負えるような女じゃない。いわゆる“ゴールドディガー”、つまり金目当ての女の可能性がある」
「どういうことですか?」
「そうだな、まず彼女の服や鞄、気がついていたか?あれはクワイエットラグジュアリーと言って、ブランド名などは目立たないけど全部ハイブランドだよ。Brunello CucinelliのコートやThe RowのMarloのトートバッグ、どれも50万を超えるよ。時計だってジャガー・ルクルトだぜ?
家柄がいいって可能性もあるけど、そうじゃなかったら、全て貢物かも。嫁のおかげで俺も詳しくなったけど、独身だったらわからなかったな」
二宮の口から出るブランド名が、遥斗にはどれも呪文にしか聞こえない。
香澄の服装はいつも上品だったが、ノーブランドで身の丈に合っていると思っていた。
「それに彼女の笑う時の首の角度から座る時の足の流し方、話す時の目線まで、あれはすべてが計算されているよ。
マンハッタンには、金目当ての女が本当に多いのは有名な話。だから気をつけろよ。まあ彼女の最終的に狙っているのは、俺たちサラリーマンではなく起業家、もしくは資産家や財閥の御曹司かもな」
確かに香澄は常に完璧で、ネイルが禿げているところも姿勢が崩れているところも見たことがない。
一体香澄の何を見ていたのかと、勝手に盛り上がっていた遥斗は恥ずかしくなる。
「二宮さん、俺、こっちに来てから惨敗です」
「はは、まあ次だ次。それも含めての恋愛だからな」
落ち込む遥斗とは裏腹に、二宮は楽しそうな顔をして笑った。
▶前回:「何も持って来ていないの?」S級美女とのデート終わり、プレゼントを期待された男が出した正解とは?
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次回、ようやく遥斗にぴったりの女性と出会うが、一筋縄では行かず…。

