4人の子育て、介護を経て50代からInstagramで選書サービスを展開する元専業主婦のまいこさんが、年末年始にじっくり味わいたい物語の世界に深く潜り込める小説3冊をご紹介します。ページをめくる手が止まらない -そんな読書体験をぜひ。
野心も夢もひっくるめて生きる『国宝』吉田修一・著

今年映画化され話題になった『国宝』。映像に心を奪われた方も多いと思いますが、物語の心を味わうなら断然、小説がおすすめです。
極道の家に生まれながら、歌舞伎界に弟子入りし育てられた主人公は、歌舞伎に魅了され、血筋がないことを埋めるように努力します。師匠の息子との友情と嫉妬。芸を磨き、嫉妬心を殺し師匠に尽くす日々。その原動力には、極道の血を引く者ならではの「義理」と「人情」がありました。
それが単なる野心ではなく、純粋な思いから生まれたものだと気づいたとき、作品の見え方が一気に変わります。
映画では描かれていない、小説ならではの見どころも多く、登場人物一人ひとりに心揺さぶられます。歌舞伎に詳しくない人でも、きっと胸を打たれるはず。
ちなみに、オーディブルでは尾上菊之助さんが朗読。歌舞伎口上の朗読を聞くと、目の前に映画の舞台のシーンがよみがえります。映画、オーディブル、小説、総動員して楽しむのがおすすめです。
国宝 上下巻(朝日文庫)>>
推し活は本当に幸せ? 『イン・ザ・メガチャーチ』朝井リョウ・著

「推し活は、趣味というより福祉に近いのではないか」――引用。
親からの仕送りを推しに全振りしてしまう女子大生。そして、その“推し”をプロデュースしているのは、ほかならぬ父親。自分の仕送りが推しへの課金に使われているとはつゆ知らず、父はファンを沼らせるマーケティングを仕掛けていきます。
二人の関係を知ったうえで読む読者としては、父と娘、それぞれのお金が吸い取られていく様子を、ただ見ていることしかできません。そのもどかしさが、半端ではない。
ただ、父と娘それぞれの根底にあるのは「劣等感」。そこに漬け込み、推しを宗教や福祉になぞらえ、「救う側」として演出していく推し活は、ある意味ホラーよりも怖いと感じました。
生活が立ち行かなくなるほどのめり込んだ先にあるものは、果たして救いなのか?
推しがいない私でさえ、いつこんな現実逃避に足を取られ、人生が転がり落ちてしまうかわからない。他人事に思えないのは、朝井さんの心理描写が、まるで自分の弱さを見透かしているかのように的確だからです。
年末年始に、がっつり本の世界に没入したい方におすすめです。
イン・ザ・メガチャーチ(日経BP 日本経済新聞出版)>>

