◆電車内を転がるスーツケース

大きなスーツケースを持った外国人カップルが乗り込んできた。2人は楽しそうに会話を続ける。スーツケースを通路に置いたまま、気にする様子もない。
電車が揺れるたびにスーツケースもゴロゴロと動き、周囲の乗客たちは黙って体を寄せ合って避けていた。
「日本人はたいていの場合、口論やトラブルになるのを避けるため、相手が自分で気づくのを待ちますよね」
周囲の乗客は、不満を抱えながらも指摘することはなく、「もしかしてスーツケースが邪魔になっているのかな?」と察してもらえることを期待していたのだろう。
だが、その後もカップルは会話に夢中だった。
◆女性の足に直撃するも「大丈夫ですよ」
ついにスーツケースが座っていた女性の足元に当たってしまった。「女性は『痛っ』という小さな声をあげましたが、すぐに『大丈夫ですよ……』と微笑み、何事もなかったかのように振る舞いました」
ああ、本当にそれでいいのだろうか。なんだか、胸に引っかかるものがある——。
その瞬間、一人の若い男性が席から立ち上がった。そして、スーツケースを自分のスペースに引き寄せたのだ。
スーツケースの持ち主であるカップルは、「Oh, thank you so much!」と驚きの声をあげた。カップルは、ようやく状況を理解したようだ。自分のリュックを前に抱き抱えて、スーツケースを近くに寄せるという配慮を見せた。
外国人カップルは日本語で「ありがとう」と何度も言いながら、笑顔で電車を降りていった。
日本人は周囲の空気を読み、察するものだ。しかし、それを外国人観光客にも期待するのは正直難しい部分があるかもしれない。
インバウンド需要に沸く一方で、まだまだ課題は山積みである。
<文/藤山ムツキ>
【藤山ムツキ】
編集者・ライター・旅行作家。取材や執筆、原稿整理、コンビニへの買い出しから芸能人のゴーストライターまで、メディアまわりの超“何でも屋”です。著書に『海外アングラ旅行』『実録!いかがわしい経験をしまくってみました』『10ドルの夜景』など。執筆協力に『旅の賢人たちがつくった海外旅行最強ナビ』シリーズほか多数。X(旧Twitter):@gold_gogogo

