◆朝7時台の新幹線が突然、“居酒屋”状態に

「乾杯しよーや!」「昨日の接待、あれキツかったなぁ!」
まだ7時台とは思えない声が、新幹線の車内に響く。
平日の朝、出張のため、鹿児島中央から福岡へ向かう新幹線「さくら」に乗車していた大谷拓也さん(仮名)。
多くのビジネスマンが静かにノートパソコンを開いたり、目を閉じたりして、それぞれの時間を過ごしていた。
「通勤時間帯の『さくら』は割と落ち着いた雰囲気で、私もノートパソコンを開いてメールチェックをしていました」
ところが、熊本駅で状況は一変する。スーツ姿の男性グループ6人ほどが座るなり、コンビニ袋から缶ビールとつまみを取り出し、まるで居酒屋のような騒ぎっぷりで宴会を開始したのだ。
男性グループの声は大きく、おつまみの匂いも車内に広がった。周囲の乗客は明らかに不快感を示している。大谷さんの隣に座っていたOL風の女性もハンドバッグからマスクを取り出し、匂いを避けるように顔を背けた。
「すでに酔っているのか、声も大きく、まるで居酒屋のようなテンション。しかも、おつまみの匂いが強烈で、さすがに周囲の乗客も顔をしかめていました」
◆「ここは居酒屋じゃないのよー!」一瞬で凍りついた車内
誰もが不快に思いながらも面倒を避けようと我慢していた。状況を変えたのは、60代くらいのおばちゃんだった。グレーの短髪に落ち着いたワンピース姿のそのおばちゃんは、前の席から立ち上がり、宴会グループに向かって毅然とした態度でこう言った。「ちょっとー!ここは居酒屋じゃないのよー!」
その一言で車内の空気は一変した。
「一瞬で空気が凍りつきました。笑っていた彼らの表情が引きつり、缶ビールを持っていた男性は手を止め、コンビニ袋をガサガサと慌てて閉じ始めました」
小声で「すみません……」とつぶやいたのは一人だけ。他のメンバーはうつむいたまま、黙々と缶をしまい、おつまみを片付けていた。おばちゃんはそれ以上何も言わずに席に戻った。
その後、車内は嘘のように静かになった。博多に到着するまでの間、彼らはスマホをいじったり、目を閉じたりして、二度と声を上げることはなかった。
車内のどこかで「言ってくれて助かったね」と小さな声が聞こえ、大谷さんも思わずうなずいてしまったという。

