
かつては地域社会が担っていた「子どもの見守り」機能が、経済構造の変化とともに崩壊しました。親は忙しく、近所の繋がりもない。頼れる大人がいない中で、子どもたちはネット空間に居場所を求め、そこで新たなトラブルや孤立に直面します。本記事では齊藤万比古氏(児童精神科医)監修の書籍『不登校・登校しぶりの子が親に知ってほしいこと: 思春期の心のメカニズムと寄り添い方』(大和出版)より、現代の不登校の原因について解説していきます。
近年、不登校が増えている本当の理由
不登校とは、学校や登校への恐れや拒否感、強い葛藤から登校できず、長期間家庭に留まっている状態を指します。文部科学省は心理・社会的要因(病気や経済的理由を除く)による年間30日以上の欠席と定義しています。
小4から中学生にかけて増加。背景には思春期の心の揺れ
不登校の人数は小学校4年生あたりから2万人を超え、義務教育中では中学でもっとも多くなります。令和5年度の調査によると、小学生で不登校の子は2%、中学生では6%にのぼります。平均すると1クラスに1~2人程度不登校の生徒がいるということになります。
近年不登校が増えている背景に新型コロナウイルスの影響を指摘する人もいますが、2016年(平成28)に中学生の不登校率が3%を超えてから現在までずっと増え続けています。子どもの精神状態を考えるには家庭や社会的背景の理解が不可欠です。いまの日本では、親が忙しいうえに地域コミュニティの存在が希薄化し、家族が孤立しがちです。このようななか、思春期の子どもの不安定な気持ちを受けとめる大人の存在が稀薄なことも、不登校急増と深く関連していると考えられます。
[図表1]学年別不登校児童生徒数のグラフ 出典:令和5年度 児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果(文部科学省)
急増しているが、感情表出は穏やかになっている
とはいえ、子どもが学校に通えなくなる現象はいまに始まったことではありません。30年ほど前には不登校は「登校拒否」と呼ばれていました。この言葉が示すように、当時は学校に行かせようとする大人とそれを断固拒否する子どもとのあいだに強い緊張感があり、子どもは激しい葛藤をともないながら欠席状態を続けていたのです。
これに対して現在「不登校」と呼ばれる状態にはそれほど激しい感情の表出は見られません。「不登校」の子どもに対する理解が深まり社会的にも受け入れが進みつつあるのがひとつの要因です。不登校が珍しくなくなるにつれて周囲も寛容になり、見守ろうという姿勢に変わってきたため、子どもも激しく抵抗する必要がなくなったわけです。
しかし「登校したくない」という子どもの気持ちに変わりはなく、無理に登校を促せば固く心を閉ざしてしまうでしょう。
[図表2]小・中学校における理由別長期欠席者数の推移(小・中合計 国公私立) 出典:令和5年度 児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果(文部科学省)
現代の思春期の不登校に潜む社会的問題
子どもは幼稚園や小学校入学時にも「行きたくない」とだだをこねることがありますが、この時期の不登園や不登校は思春期の不登校とは異なります。幼稚園児や小学校低学年の子が「行きたくない」と親にしがみつくのは、親や自分の家から離れることへの不安から生じることがほとんどです。
一方、思春期は親から離れて自立したい時期。心のなかでは外に出て自分自身の主体性を確立したいと思っているのに、力不足のため失敗し、傷ついて自信をなくして戻ってくるのが「不登校」という現象なのです。自我が確立する10代前半は、外からの評価や失敗にとても敏感です。どんなに強がって外に出て行っても、すぐに傷つき、そのたびに安全基地である家庭に戻り安心感を得ようとします。
つまり、小学校低学年までの不登園や不登校とは異なり、思春期の不登校は意識がすでに外の世界に向いており、外に飛び立つプロセスの一環と見ることができます。
思春期特有の心理的・身体的・社会的な問題がある
思春期の悩みには、「心理的な悩み」「身体的な不調」「社会的な背景」という3つの観点があります。将来への漠然とした不安、学業、友だち関係や恋愛、変化する自分の体や人に言えない劣等感、家庭の問題や金銭問題など。大人から見ればささいなことでも、人生経験の少ない子どもたちには抱えきれないほどの大きな悩みです。
しかもいまの子どもは昔のように地域コミュニティで過ごすことが減り、頼れる大人も見当たりません。SNSで友だちとつながっていてもその関係は表層的です。彼らはネット空間をリアルと思い込んでいますが、SNSは孤立状態をカモフラージュするにすぎず、意識しないまま孤立におちいっています。その結果ひきこもり傾向をもつ子が増えています。
また、ネットにはギャンブルや性的誘引、自傷関連情報などさまざまな危険が潜んでいます。大人はそれらに気づきにくく、子どもはあまりにも無防備です。現代の思春期の不登校には、このような複雑な社会的問題も関わっているのです。
思春期に多い起立性調節障害(OD)起立性調節障害は、思春期に多い自律神経の疾患で、小学生の約5%、中学生の約10%が経験するとされます。起床時に頭痛やだるさが生じて登校が困難になりますが、検査をしても異常が見つからないため「怠けている」と思われてしまいます。不登校の3〜5割がこの疾患に苦しんでいると見られ、体調不良で遅刻や欠席が増えると、それが心理的ストレスとなり、さらに学校に行けなくなる悪循環におちいります。
