いつまでも輝く女性に ranune
「え、もう新しい彼女?」別れて1ヶ月で元彼のデート現場を目撃した女のリアル

「え、もう新しい彼女?」別れて1ヶ月で元彼のデート現場を目撃した女のリアル

◆これまでのあらすじ

大好きな豪の自慢の彼女でいるため、20時以降は何も食べないダイエットをしていたのに振られてしまった市子。編集者として活躍するも、恋愛経験に恵まれない双葉。そして、そんな双葉の想い人だった六郎と結婚し、主婦として閉塞的な日々を過ごす早紀。3人はそれぞれの悲しみの中、深夜の美食に救われる経験をして──。

▶前回:「子どもが生まれてから、夫婦の間に溝ができた…」28歳妻の孤独な夜



Vol.4 <市子:三軒茶屋のお茶とおでん>


新宿の野外イベントスペースに無事に大きなクリスマスツリーが立ったのは、22時を過ぎた頃だった。

「うう…寒い…手が凍っちゃいそう」

明日土曜日はとある女性アーティストの新曲リリース日で、私が勤務するイベント会社がお披露目イベントの運営を請け負っている。

この広場でトークショーとミニライブを予定しているため、今夜中にクリスマスを意識した装飾を施さなければならないのだ。

このイベントの担当者として、装飾の目玉であるクリスマスツリーの出来は確認しておかなくてはいけない。

たとえ今が12月の真冬で、Apple Watchが示す現在の新宿の気温が、4.2℃という数値を示していてもだ。

「じゃあ、最後にもう一度一緒に図面のご確認をいただいてもいいですか」

残っているステージ設営の細々としたところは、私抜きでも業者さんが深夜に進めてくれる手筈になっている。

手元のiPadで図面を表示しながら責任者と打ち合わせをしつつも、私はその実、頭の片隅で全く違うことを考えていた。

― クリスマス。豪くんと過ごしたかったな…。


確認のために、本番さながらに点灯させているツリーのイルミネーションは、まるで色とりどりの宝石を散りばめたような輝きを放っている。

1ヶ月前まではすっかり、クリスマスは豪くんと一緒に過ごせると思っていた。

どこかレストランに行って食事でもして、プレゼントを交換する、ふたりだけのささやかなクリスマス。

もしも一緒にいられるのなら、この前ひとりで訪れて感動したデザートのお店『relevé dessert』に連れて行ってあげたい。

― あ、でも。あのお店はそもそも、豪くんにフラれたから行くことになったんだっけ。

もう一度ツリーを眺めながら、苦い笑いを口に浮かべる。

『好きなら“まだ好き”って、伝え続けた方がいいよ』

双葉ちゃんに言われた言葉は、私の中にずっと残っている。

美人で、かっこよくて、仕事ができる双葉ちゃんは、どこからどうみても“自立した女性”そのものだ。

失恋の痛みから立ち直れそうにない私の状況に喝を入れてもらうつもりで、あの夜は双葉ちゃんに付き合ってもらうことにしたのに、まさか双葉ちゃんから背中を押されるなんて…。

あんなに美人で素敵な双葉ちゃんでも、辛い恋をした経験があるのだろうか。そう考えると、恋愛とは本当に理不尽なものだと思う。

双葉ちゃんの言葉に励まされて、豪くんにもう一度連絡をしてみるということだけは、密かに心に決めている。

だけど、いざスマホを手にしてみると、最後の一歩が踏み出せないのだ。

「久しぶり、元気?」

その、たった一言が送れない。

もうフラれてしまっている今、どれだけ泣いて縋って嫌われようが、今より悪くなることはない。

そう頭で理解はしているものの、勇気を出すことができずにいた。



ツリーの美しい光の粒たちが、じわりと視界の中で滲みはじめる。

― あ、ダメだ。仕事中なのに。

込み上げてくる涙を、目を見開いて北風で乾かした。

豪くんと別れてからの1ヶ月、私はずっとこの調子だ。少し気を抜いたが最後、全ての事柄が豪くんに結び付けられて、涙に形を変えてしまう。

豪くんと行ったレストラン。

豪くんがよく身につけていたブランド。

なんて重たいのだろうと自覚はしつつも、そういったものが目に入るたびに、どうしても豪くんのことが頭に浮かんでくる。

「あー、ちょっと確認してきますね」

「はい、よろしくお願いします」

担当者が少しその場を外したのをいいことに、私はまだ飾り付けの済んでいない質素なステージの上から夜の新宿を見渡し、素早く涙を蒸発させることに努めた。

22時を過ぎているというのに、新宿の往来はまだ、国籍を問わず多種多様な人々で賑わっている。そして私の視線は放っておくと、そんな人混みの中から自動的に、豪くんに背格好が似た男性を探し出してしまう。

あの人の後ろ姿。

あの人の歩き方。

それに、通りの向こうの、小柄で可愛らしい女性と親しげに歩いているあの男性も、豪くんによく似ている───。

と、そう思った時だった。

しくしくと痛むばかりだった心臓が、バクン、と小さな爆弾のように弾けたような衝撃を覚える。

他人の空似…ではない。向こうを歩くあの男性は、豪くん本人だ。



「あ…」

思わず呼び止めそうになった声を、慌てて両手で口の中に押し込める。一体、何と言って呼び止めればいいというのだろう?

私は仕事中に涙ぐんでいるのに対し、豪くんは微笑んでいた。華奢で可憐な女の子と、仲良く肩を並べながら。

「廣田さーん。すみません、お待たせしました」

遠ざかっていくふたりの姿を見送る後ろで、設備の確認を終えた責任者が戻ってきた声が聞こえた。

もうツリーのイルミネーションの光も感じないほど真っ暗になった視界の中で、最後までつつがなく打ち合わせを終えた自分を、我ながら褒めてあげたいと思う。


新宿の現場から上がって三軒茶屋の自分の部屋に帰ってきた後も、私は眠りにつくことができなかった。

ベッドの中で手にしているのは、明日のイベントの進行表だ。

何度も目を通したから内容は全て頭に入っている。だけど、今はこうすることくらいしかできないから。

熱いシャワーを浴びたのにまだ指先が氷のように冷たいのは、寒空の下で体が冷え切ってしまったのだけが理由じゃないことは、自分が一番よく分かっていた。

「あの子、新しい彼女なのかな…」

1人の部屋で呟いても、答えは誰も教えてくれない。

またふと、双葉ちゃんと過ごした西麻布の夜のことが頭に浮かんだ。「…間に合ううちにさ」と寂しそうに呟いた双葉ちゃんは、一体どんな恋を逃してしまったのだろう。

「そうだよね。私がグズグズしている間にも、時間はどんどん過ぎていくんだもんね」

しばらく考え込んだ後、私はゆっくりと進行表をスマホに持ち替えた。

そして、ベッドから起き上がると、部屋着にしているロンハーマンのニットのセットアップのまま上着を羽織る。

「行くしかない」

そうして自分を奮い立たせるように部屋を飛び出して向かったのは、ちょっと前の自分なら考えられないような場所だ。



「すみません、1人なんですけど…」

「はい、こちらのお席へどうぞ」

無事に席に案内されたことで、思わず胸を撫で下ろす。

私の住むマンションから徒歩5分の場所にある、『一軒茶屋きんざざ』。

先ほどベッドの中で検索し、グルメサイトを見ただけで勢いで来てしまったけれど、深夜2時まで開いているというのは本当のようだった。

足を踏み入れるのは初めてだったけれど、おでんとお茶のお店なのだという。

― おでんなら、夜中に食べてもそんなに太らないよね。

なんとなくソワソワとする気持ちを落ち着かせながら、おでんの盛り合わせと、お茶割りではない台湾茶の凍頂烏龍茶を注文した。

夜食とは縁のない生活を送っていた私が、深夜にグルメサイトを見ておでんを食べに来るだなんて、自分でも信じられない。

だけど、ひとりでデザートを食べたあの夜も、双葉ちゃんと一緒にお好み焼きを食べたあの夜も、なぜだか、みじめな気持ちにはならずにすんだのだ。

他の女の子と、夜の新宿で楽しげに歩く豪くん。

そんなあまりにも悲しすぎる光景を目にしてしまった今夜。眠ってしまえないのなら、することは一つ。

夜中に美味しいものを食べる…という心地よい罪に、どっぷり浸ってしまうことだろう。



「はい、どうぞ」

偶然とはいえ、おでんをチョイスしたことは正解だったのかもしれない。空腹のままモヤモヤと過ごす暇もなく、じっくりと煮込まれたおでんはすぐに提供された。

「3種の盛り合わせ」として目の前に出されたのは、定番の大根。ちょっとめずらしいだし巻き玉子。そして、自家製の鶏だんご。

大根はこっくりと茶色みを帯びるほど味が染みていて、だし巻き卵はひたすらに優しい。しょうががたっぷり使われた鶏だんごも個性的だ。

― おいしい…!

急須で入れてもらった黄金色の凍頂烏龍茶も、日頃ペットボトルで飲むウーロン茶と同じものだとは思えないほどの香り高さで、食欲を増進してくれる。

気がつくと私はあっという間に、3品もあったおでんを片付けてしまっていた。

熱いシャワーでも温めきれなかった指先が、ほのかに桃色になっている。やっぱり体の中から美味しいものであたためるというのは、みじめな気持ちとは最も遠いところにある行為なのだ。

冷たい涙を流すばかりでは、心はちっとも救われない。

眠れない夜に必要なのは、涙じゃなくて、熱いダシ。

そんなふうに考えると、メソメソと涙に暮れてばかりのこの1ヶ月が少しだけ、馬鹿馬鹿しく感じられた。

― あの子、新しい彼女なのかな。

さきほど1人の部屋で呟いた言葉を、もう一度、心の中でつぶやく。

― もしかして、私と付き合ってる頃から?

不穏な考えが湧いたものの、すぐそばから「ううん、豪くんはそんな人じゃない」と打ち消すことができたのも、きっと熱いダシが心をじかに温めてくれたからなのだろう。

幸い心だけでなく、指先もすっかり温まってよく動く。

ずっと出すことができなかった勇気も、今なら出せるような気がした。…あと、1、2品の気になるタネを味見したら。

「すみません、追加で注文いいですか。煮卵と…」

もう少しだけ温まったら、夜の勢いに任せて指先を動かしてみようと、私は決意する。

このままでは終われない。

辛い恋を感じさせる双葉ちゃんの横顔は、それでもすごく綺麗だったけれど…やっぱりすごく、苦しそうだったから。


▶前回:「子どもが生まれてから、夫婦の間に溝ができた…」28歳妻の孤独な夜

▶1話目はこちら:大好きな彼に交際半年でフラレた女。未練がある女が、夜に足を運んだ場所

▶Next:12月15日 月曜更新予定
市子と別れた豪。別れの後、豪と新たに出会った女性の存在


配信元: 東京カレンダー

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