文:稲垣美緒(Harumari TOKYO編集部)
世界が支持したパリの源流を思い出す、海の上の倉庫

いまや世界各地で行われている没入型アート。その世界的流行の源流として知られるのが、パリの旧鋳物工場を使った「アトリエ・デ・リュミエール」というミュージアムだ。天井の高い倉庫に映像と音を投影し、空間ごと作品に変えてしまうあの感じ。そもそもの建物がかっこいい。「イベント会場でやっています」感がなく、あくまで倉庫なのだ。(実際にはミュージアムだが。)
ザ・ムービアム ヨコハマの会場に入った瞬間、その記憶がふっとよみがえった。

約1,800㎡の倉庫空間は、とにかく広くて天井が高い。そして、作品が目立つような暗さがきちんと演出されている。この「広い」「ちょうどよく暗い」というのが、思っている以上に大事だ。最近の展示でありがちな、隣の人の動きや物音が気になって集中できない感じが、ここではほとんどない。誰かがスマホで動画を撮っていたって気にならない。視界に入るのは映像と光だけで、他人は影となる。自然と作品との距離が近くなるのだ。
駅からも遠い山下ふ頭。でも、この場所だから叶う特別な体験にはわざわざ出かける価値がある。(ちなみにこのミュージアム、TOYOTAグループの運営なので、移動には次世代モビリティが活用されているのでそれもお楽しみに!)
クリムトでうっとり、シーレでざわつく。身体と心が反応するアート

ザ・ムービアム ヨコハマは「シアター」展示と少し小さめの「スタジオ」展示、それに関連するショップとで構成される。
シアター展示は、グスタフ・クリムトからエゴン・シーレまでの激動の世紀末ウィーン芸術を表現した「美の黄金時代」。
まず惹きつけられるのは、クリムトの煌びやかな世界だ。黄金、生命、愛、死。装飾的で美しいのに、どこか人間の欲や不安も滲んでいる。その多層的な魅力が、音楽と映像によって空間いっぱいに広がっていく。考えるより先に、身体が反応してしまう感じがある。

空気が変わるのが、エゴン・シーレのパート。クリムトの華やかさとは対照的に、張りつめた線と不安定な身体表現が続く。歪んでいて、正直で、少し居心地が悪い。その感じが、巨大な空間に映し出されることで、より強く伝わってくる。同じ時代を生きた画家でも、こんなにも世界の見え方が違うのかと、感覚的に理解できる構成だ。

近年の没入型展示に、アートが好きな人ほどモヤモヤしてしまうのは、体験の気持ちよさが前に出すぎて、作品そのものが置き去りにされてしまう瞬間があるからだと思う。どこへ行っても似たような演出で、作家の違いが見えにくくなってしまう。その点、この展示は少し立ち位置が違う。

作品そのものをきちんと紹介するコーナーもあり、改めて「これは誰の、どんな作品なのか」に立ち返ることができる。体験を盛り上げるためにアートを使っているのではなく、アートに近づくために体験がある。それが守られていることに、芸術に対するリスペクトを感じた。
