タカラジェンヌから学生へ。30代の再チャレンジ
──退団後はどのように過ごされたんですか?
宝塚市から東京に戻ってきて、まずは理学療法士になるための学校をいくつか見学して回りました。最終的に選んだのは社会医学技術学院という学校です。校舎は古いんですけれど、見学に行ったら生徒のみなさんが挨拶をしてくれたんです。宝塚時代から挨拶は大事だと教わってきたので「この学校素敵だな」と感じました。
──肌に合っていそうと感じたんですね。では、夜間学部を選んだ理由は?
もう30代に入っていたので、「のんびりしている時間がない」と思ったんです。なので、昼間は現役時代にお世話になっていた整骨院併設のデイサービスで運動指導やケアをするアルバイトをして、夜は学校に通う生活をしていました。
──デイサービスで働いた経験もあるんですね。そこではどんな支援をしていたんですか?
声を出しながらの運動や脳トレ、筋力が弱い部分の確認などをしていました。宝塚時代から学んできた身体の使い方や姿勢についても、よく共有していましたね。
呼吸について話すことも多かったです。元気なときは声に力がありますが、元気がなくなると声に張りがなくなります。だからこそ、体の状態を知るうえで呼吸はとても大事なんです。
あわせて筋力についてもお伝えしていました。膝が痛い方には、「膝そのものではなく、膝を支える筋肉を鍛えましょう」といった形でお話ししていました。
──昼間はアルバイト、夜は学校と、なかなかハードな生活ですね。
大変ではありましたが、宝塚の新人公演前のように、目の前のやるべきことを淡々と積み重ねていく感覚に近くて、本当に楽しかったです。授業を受けていると不思議に思うことや知りたいことが次々に出てきて、すぐ先生に質問していました。
──とくに好きだった授業は?
解剖生理学と運動学です。学んでいくうちに「今までやっていたストレッチ、実は伸びていなかったんだ」とか、「筋トレの角度が少し違うだけで効く場所が変わるんだ」と気づくことばかりで。宝塚時代に知っておきたい知識ばかりでした。
──逆に、苦労した授業はありますか?
パソコンでのレポート作成は本当に苦労しました……。それまでパソコンに触ったことがなくて、最初は「コピペって何?」というレベルでしたし、WordとExcelの違いもわかりませんでした。グラフの作成もわからず、パソコンを持って職員室に行って、「手が空いている先生、グラフの作り方を教えてください」とお願いしていました(笑)。
妊娠中に迎えた国家試験

──国家試験の勉強はどのように取り組まれましたか?
先生たちが「過去問をやっていれば大丈夫」とおっしゃっていたので、10年分の過去問を10回ずつ、ひたすら書いて覚えました。
──10年分を10回も……。
宝塚時代から長いセリフを書いて覚えるタイプだったので、この方法が自分に合っていたんです。書いていると、だんだんと問題のパターンがわかってくるんですよ。理学療法士は覚えることが本当に多いんですけれど、自己採点も上がっていきました。
実は、在学中に結婚して、受験のときは妊娠していたんです。体調に波はありましたが、周囲の方々が支えてくださったおかげで合格することができました。
2月に受験をして、3月に合格発表、4月には出産と、いろんなことが一度に重なって大変ではありましたが、あのとき勉強に向き合ってよかったなと思います。30代だから遅いとか、ライフイベントが重なるからとか、そういうことはないんですよね。やりたいと思ったときが、その人にとってのベストタイミングなんだと思います。

