こう話すのは、愛知県の私立大学・中部大学に在籍する阿部智恵さん(28)だ。阿部さんは2017年、入学料や学費が免除される「特別奨学生」という立場で、同大工学部応用化学科に入学した。しかしその後、大学に行けない時期が続いた結果、成績が奨学生の基準値を下回ってしまい、資格を喪失する。’25年に入り、「奨学生の対象期間を満了している」と大学から授業料の支払いを命じられたが、改めて調べたところ、成績が資格復活の基準に達していることが判明。その旨を大学に訴えると当初は一蹴されたがのちに言い分が一転し、奨学生資格の復活が認められた。いち学生の抗議によって組織の決定が覆されるのは、そうあることではない。詳しい経緯を聞いた。
◆「特別奨学生」として入学するも、性的なバックグラウンドから休学

「3人きょうだいの一番上で、家庭に経済的な余裕があまりありませんでした。もとは国公立大学志望でしたが、センター試験が終わって早々に中部大から合格通知をもらい、『もうここにしちゃおう』というぐらいの感じで入学しました」と話す。

状況が変わったのは、’19年度に入ってからだ。阿部さんは生まれたときの性別と性自認が異なる、いわゆる「トランスジェンダー」。1~2年生の時は同級生には事情を話さず、髪を伸ばした中性的な見た目で通学していた。女性の身体になることを望んでいたことから、同年ホルモン治療を始め、費用捻出のため名古屋市内のニューハーフショークラブで働き始めたのがきっかけで、少しずつ大学から足が遠ざかって行った。
「ホルモン治療を続けると、だんだん胸の膨らみが出てくるんです。あえて学内の友達は作っていなかったものの、『男子生徒』と認識されているので、学校に行けば奇異の目にさらされるのは目に見えている。さらに深夜帯の仕事であることなども加わって、通学が難しくなっていきました」と振り返る。
結果、‘19年度末時点の通算GPAは3.00を下回り、特別奨学生資格を喪失。その後’20~’23年にかけて大学を休学し、在籍料のみを支払う状態が続いていた。
大学に通えなくなる一方、「学問は好きで、大学に通いたい気持ちはずっと残っていた」という阿部さん。休学の上限は通算4年と学則で定められていたことから、’24年、大学に復学。再び真剣に学業に打ち込み、履修した講義の科目をフル取得する。すでに奨学生資格を失っていたため、授業料も支払っていた。
◆授業料の支払いを督促する電話。調べてみると……

「『奨学期間は満了しているので、’25年度も授業料が発生します』という用件でした。電話口では支払いを了承したものの、その後改めて学内のポータルサイトで確認してみたら、’24年度のGPAは基準値の3.00を上回っていたんです。
‘19年度末で奨学生期間3年分は満了しているものの、休学期間を除けば、’24年度は資格取消の翌年に当たります。’25年度は資格が復活し、奨学期間4年目に該当することになる。だとすれば、『大学側の認識がおかしい』と直感しました」(阿部さん)
4月2日、改めて「私(阿部)の特別奨学生は本年度(※編集部注:’25年度)より復活して然るべき」と大学にメールを送ったところ、学生支援課の担当者から、’24年度の1年間は資格復活のための猶予期間である「取消期間」に該当すること、学内では「取消期間=奨学期間」として扱われるために’24年度が期間の4年目となり、奨学生期間は満了になるとの説明があった。
「大学の奨学生規程に『取消期間』という言葉はなく、こんな概念があること自体、この時初めて知りました。後日学生支援課の窓口に出向き、話し合いの余地がないか担当者に改めて聞いてみたのですが、『学内の会議で既に決まったことなので、いくら言われても変わりません』と、一蹴されてしまいました」(阿部さん)


