◆一人暮らしをはじめるも、貯金が底を尽き…
18歳になれば自由を手に入れられる――その思いがこの頃の聡乃さんを少し楽にさせた。ラーメン屋でアルバイトを始め、高校生ながら月収10万円を達成した。友人の家に泊まったり、深夜まで時間を潰すなどして、なるべく家庭では親と顔を合わせる時間を少なくした。高卒後、聡乃さんは家を出ることに成功した。念願の独立だ。元手はもちろん、高校時代にこつこつアルバイトで貯めたお金。だが門出は多難だった。
「精神面における浮き沈みが激しく、一人暮らしをしましたが、働けない期間が続いてあっという間に貯金はそこを尽きました。家に出戻ることになったのです。母は、私が独立に失敗して戻ってくるのが嬉しいように見えました。また愚痴を聞いてもらえる相手がそばにいるからかもしれません」
◆2人の弟の様子がおかしくなっていた
聡乃さんには、気がかりなことがあった。2人の弟だ。両親のもとで暮らすほかなく、「お姉ちゃんが出ていって、家庭は一層地獄だった」と弟は語ったという。2人とも、聡乃さんの目からは心配な点があった。「上の弟はソーシャルゲームで他のプレイヤーに3時間近く暴言を吐き続けるなど、明らかに攻撃性が外に向かっていました。下の弟は小学生時代に夜毎日泣くなど、もともと精神的に心配な面がありましたが、やはり大人になってから精神に支障を来してしまいました。私は、両親に対して自分たちのつらさだけに向き合わずに子どものことに目を向けてほしいと思っていましたが、それが伝わる相手ではないんですよね」
実家での暮らしによって、聡乃さん自身、幻聴などの症状がひどくなった。頭のなかから聞こえてくる声をかき消すために、ガラスを蹴破った。アキレス腱が切れ、全治2ヶ月の怪我を負って入院する。その後、なだれ込むように友人宅に居候した。実家には戻ることなく、「夜逃げ同然」で実家から荷物を引き取り、また別の場所へ転居した。以来、実家には帰っていないという。
◆人生を立て直すため、生活保護を受給
基本的には昼の仕事を主体に生活を組み立てたが、ときには性風俗店に勤務することもあったという。聡乃さんは、それについてこう話す。「性を売ることが成功体験になってしまっていると自分でも感じます。中学生のときにネットで知り合った男性を相手に大金を引っ張れて、そのお金で東京にも行けた。私にとっては、すごい大きな経験なんですよね。でもそれ以外のものが何もない。だから、今は性風俗店に勤務もせずに、まずは精神面の安定を得たいと思っているんです。生活保護はそのために受給しました。いつかは受給をしないでも大丈夫なくらい、安定的に昼の仕事をやれるようになれたらと思っています」
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親子関係は誰にもわからない。湿度の極めて高い密室に他ならない。聡乃さんの両親は度重なるSOSにも無関心を押し通し、他人事を貫いた。向き合うと不都合な現実がわかっていながら、対峙する役目を子どもになすりつけた。その矢面に立った聡乃さんが、どれほど心で血を流したかしれない。
聡乃さんは「現実がつらいとき、フィクションと現実を反転することで生き延びた」と笑った。次は自分が創作を通じて人の明日を作る側になる。彼女の筆先から描かれる物語は、誰に何を見せるのだろう。
<取材・文/黒島暁生>
【黒島暁生】
ライター、エッセイスト。可視化されにくいマイノリティに寄り添い、活字化することをライフワークとする。『潮』『サンデー毎日』『週刊金曜日』などでも執筆中。Twitter:@kuroshimaaki

