
高齢化が進展する日本では「認知症を患った家族の資産管理」という問題が増えています。なかでも不動産の管理は深刻で、所有者の預貯金が凍結されたことで高額な修繕費用が捻出できず、大切な不動産の価値が下がっていくのを見守るしかない、といった残念な事態も増えているのです。株式会社継志舎の代表取締役で、一般社団法人民事信託活用支援機構の理事を務める石脇俊司氏が解説します。
「父の預金を父のために使いたいのに、引き出せないなんて…」
先日、筆者のもとを訪れたある相談者の方から、次のような質問を受けました。
「最近、父の判断力が落ちてきたように思い、心配になって認知症対策のセミナーに参加したら、『認知症になると預金が引き出せなくなる』と言われて…。銀行は、預金者の判断能力が衰えたことを知ると、本当に預金を引き出せないよう〈口座を凍結〉するのでしょうか?」
さらにその方は、父親の認知症の心配がありつつも、提案された対策について疑問があると言うのです。
「参加したセミナーでは、認知症対策には家族信託が必須だとして、家族信託のメリットをたくさん紹介するのです」
家族信託はいい方法だと思うが、家族にとってそれが本当にベストな方法なのか…。セミナーでメリットばかり聞いたことで、逆に疑問が膨らんだといいます。
「父のお金なのに、父のために家族が預金を引き出して使えないなんて、おかしいですよね? 対策は本当に〈家族信託しかない〉のでしょうか?」
この疑問には、筆者も共感するところがあります。しかし、不動産賃貸事業を行っている高齢の方には、一度、考えていただきたいと思います。不動産賃貸事業は「賃貸契約・家賃の管理・建物の修繕・借入の返済・税金の支払い」などなど、不動産を所有している方が、判断・実行しなければならないことが多数あります。
そのような状況で、本人の判断能力の低下により、使えるはずのお金が使えなくなってしまうと、事業が止まるリスクがあるのです。
筆者は、相談者の方に、
「お父様の預金に伴う問題は、〈凍結されるかどうか〉ではなく、相手側が〈お父様の意思を確認できなくなる〉ことにあるのです」
と、説明しました。
金融機関に置いた資産は、本人の意思確認なしには動かせない
銀行にとって「預金」とは、「預金者に返すべき借金(銀行の債務)」です。したがって、銀行は預金者が行う銀行への指示について、預金者本人の意思を確認し、その指示に対応していかなければなりません。
預金者が認知症になり、判断能力を有していない状況で指示したことに対して銀行が対応したとしたら、銀行には大きなリスクが生じることにもなります。
民法3条の2には「法律行為の当事者が意思表示をした時に意思能力を有しなかったときは、その法律行為は、無効とする」と規定されています。この法律は、不利な契約や悪意ある第三者による搾取から、判断能力が著しく低下してしまった資産所有者を守ることを趣旨として、令和2年に法改正されました。
しかし、認知症になり判断能力を低下させてしまった人を保護する仕組みが、結果として「銀行預金を引き出せない」といった、必要な支払いすらできないという事態を招き、結果、矛盾が生じてしまったのです。
