埋まらなかった親子の溝と、遺された者の葛藤
Aさんにとって、実家との縁を切ることは、貧困の連鎖から自分の人生を守るための唯一の手段でした。
母の手紙を読んだとき、Aさんの胸に去来したのは単純な悔しさだけではなかったはずです。「いまさら財産があるといわれても、子ども時代は帰ってこない」「なぜその努力を、もっと早く自分に向けてくれなかったのか」――そんな、やり場のない怒りと悲しみ。だからこそAさんは「せめて遺産だけでも自分が受け取るべきだ」と主張したようです。単なる金銭欲ではなく、苦しかった過去に対する精算を求めての行動ともとれます。
Aさんのように法定相続人(子)がいる場合、仮に母が「全財産をヘルパーに」という遺言を残していたとしても、子には最低限の遺産を受け取る権利である「遺留分」が認められます。Aさんが遺留分を主張すれば、ヘルパーとAさんとのあいだで、争いが生じることになります。
Aさんの母の意思表示は、孤独を埋めてくれた他人への感謝でした。一方で、Aさんの主張は、親に振り回された子としての権利の主張です。どちらの想いも切実だからこそ、感情論だけの解決は困難です。
一つの解決策としては、法的な効力を持つ「公正証書遺言」があげられます。財産の配分だけでなく、そこに「なぜそうするのか」という付言事項を添えることで、遺された人の心の負担を減らせたかもしれません。
親子の絆が形骸化しやすい現代。想いを正しく残し、争いの火種を作らないための「終活」の準備が、これまで以上に求められています。
三藤 桂子
社会保険労務士法人エニシアFP
共同代表
