◆紅白史に残る“逸脱”の系譜
これまでにも紅白には伝説的なパフォーマンスがありました。まずは1990年に東西統一したドイツのベルリンから計3曲17分にも及ぶ演奏を披露した長渕剛です。予定を大幅にオーバーしてしまったため、その後他の歌手の曲を短縮せざるを得なくなってしまった逸話も残っています。
他には、1992年に井上陽水のカバー「東へ西へ」で出場した本木雅弘。首から大量のコンドームをぶら下げ、当時世界的な問題となっていたエイズの啓発を兼ねた伝説的な演出でした。
その前年には「情けねえ」を歌ったとんねるずがパンツ一枚で登場。しかし二人の背中には「受信料を払おう」の文字が。今思うと、ただの悪ふざけではない重層的なユーモアを感じます。
当時いずれも大きくニュースで取り上げられ、その後も語り継がれています。
◆アウトサイダーが紅白を変化させる
けれども、「IRIS OUT」を歌う米津玄師はこれらとは質が異なります。そのインパクトは、ゴシップ的に世間を派手に騒がせるようなタイプのものではないからです。彼の曲が持つざらついた質感が、根本的に紅白の書き割りの世界にそぐわないこと。その決定的な違和感の中にこそ、米津玄師の曲がそのままの形で放送される価値があるのですね。
根っからのアウトサイダーが、大晦日をジャックする。
米津玄師の「IRIS OUT」には、漆黒の夢が映し出されているのです。
文/石黒隆之
【石黒隆之】
音楽批評の他、スポーツ、エンタメ、政治について執筆。『新潮』『ユリイカ』等に音楽評論を寄稿。『Number』等でスポーツ取材の経験もあり。X: @TakayukiIshigu4

