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「障害者の“将来収入”は減額」慣例を高裁が覆す…交通事故で死亡「聴覚障害を持つ11歳女児」に“健常者と同じ逸失利益”認められた理由

「障害者の“将来収入”は減額」慣例を高裁が覆す…交通事故で死亡「聴覚障害を持つ11歳女児」に“健常者と同じ逸失利益”認められた理由

今年もさまざまな事件や事故の裁判が行われ、多くの判決が下された。立法、行政と並ぶ国家権力である「司法」の判断は、関係者の人生を左右するだけでなく、社会を変えるきっかけにもなり得る。

とりわけ、消費者トラブルや交通事故、不動産など、私人間の権利義務に関する紛争が法廷に持ち込まれる「民事事件」の判例は、経済活動や日常生活のルールに直結する。

そんな「民事事件」において、今年どのような“画期的”な判決があったのか。また、その判決は私たちの常識をどう変えるのか。

民事事件を多く担当する安達里美弁護士に、今年もっとも注目した判決を紹介してもらった。

障害を持った子どもの「死亡逸失利益」めぐる判決

安達弁護士が挙げたのは、交通事故死した先天性の聴覚障害を有する児童(当時11歳)について、聴覚の状態像、聴覚障害者をめぐる社会情勢や職場環境の変化を踏まえ、死亡逸失利益として全労働者平均賃金100%を認定した判決だ(大阪高裁令和7年(2025年)1月20日判決)。

交通事故の損害賠償の費目である「逸失利益」には、被害者が存命している場合の「後遺障害逸失利益」と、被害者が死亡した場合の「死亡逸失利益」があり、今回の判決は後者に関するものである。

死亡逸失利益について、安達弁護士は「被害者が死亡しなければ、将来の就労可能な期間において得ることができたと認められる収入額のこと」として、その算出方法を次のように説明する。

「『亡くなった方がその後も生きていたら得たはずの収入額』について正確なことは誰にもわかりません。被害者が社会人であれば、その人の現実の収入額を『基礎収入』として逸失利益を計算します。しかし、今回の判決のように年少者の場合は特に、将来どのような職業につき、どのくらいの収入を得ていたかはまったくわかりません。

そのため実務では、厚生労働省が毎年実施する『賃金構造基本統計調査』に基づいて出された『全労働者平均賃金』を、フィクションの基礎収入として用いて計算することが大半です」

しかし、被害者に何らかの障害がある場合は、「全労働者平均賃金」を得られる可能性をあらゆる事情から総合的に考慮し、たとえばその8割を基礎収入とするような調整が行われてきたという。

障害があっても「全労働者平均賃金100%」認められる

「今回の判決の事案では、交通事故で亡くなった当時11歳の女児に先天性の聴覚障害があったため、このことが死亡逸失利益を計算する際に使用する基礎収入の算定に影響を与えるのか争点になりました」(安達弁護士、以下同)

地裁では、障害により予想される労働能力の制限の程度や、近時のIT技術の進歩および法整備、社会情勢の変化などから障害を持つ人の活躍の場が以前より広がっていることなども総合的に考慮し、「全労働者平均賃金」の85%を基礎収入とする判決を言い渡した。

しかし高裁は判決で、まず「死亡当時のA(被害女児)固有の聴覚の状態像を正確に理解した上で、就労可能年齢に達したときのAの労働能力の見通し、聴覚障害者をめぐる社会情勢・社会意識や職場環境の変化を踏まえたAの就労の見通しを検討して、Aの労働能力を評価すべきであると考えられる」という判断枠組みを示した。

そのうえで、結論として「損害の公平な分担の理念に照らして、Aには全労働者平均賃金を基礎収入として認めることにつき“顕著な妨げ”となる事由が存在しない」ことを理由に、全労働者平均賃金100%を基礎収入として認めた。

安達弁護士は、「障害者の方の死亡逸失利益については、従来、全労働者平均賃金から減額した基礎収入を元に計算されてしまうことが“前提”となっており、ここの部分をひっくり返すのがなかなか難しいと理解されてきたように思います」として、この判決の“新しさ”を語る。

「今回、高裁判決により、障害者であっても全労働者平均賃金100%が認められうるとの判断がなされたことは大きな変化です。

また、これまでは『障害はあるけど、こういう事情があるから100%として認めてほしい』という方向で主張がなされていたのが、今回の判決では、年少者は障害の有無にかかわらず基本的には100%から始まり、『全労働者平均賃金を基礎収入として認めることにつき顕著な妨げとなる事由が存在する場合のみ減額する』という新しい判断の枠組みが示されました。これもまた、大きな変化ととらえています」

判決には「本人や両親の努力も影響」

ただ、この判決が、障害者のかかわる今後の事故すべてに適用されるかというと、安達弁護士はそうではないという。

「この事案は、被害女児が就労する頃にはさらに技術が発展し、社会の理解も進み、聴覚障害が就労能力に及ぼす程度がより小さい社会になっていることが予想されることに加え、被害女児の障害の程度や、本人とその両親および周囲の方が非常に努力され、年齢に応じた能力と社会性を身に付けていたことが結論に大きな影響を与えています。

どのような障害であったとしても一律に同じ結論になるというものではないことには注意が必要です」(安達弁護士)

配信元: 弁護士JP

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