◆外国人観光客の大騒ぎに「もう我慢の限界だった」

「落ち着いた車内の空気を一変させたのは、隣に座った20代半ばの外国人観光客の男性2人です。Tシャツに短パン、キャップを被った彼らは、大きなスーツケースを前の座席との間に押し込むように置いて、スペースがかなり狭くなってしまいました」
発車すると、すぐに彼らはスマホを取り出し、「Shinkansen!」とテンション高く叫びながら自撮りを始めた。スマホからは大音量の音楽が流れ、周囲の乗客が一斉に視線を向けたが、中原さんは注意する勇気が出なかったという。
さらに彼らはバッグからビール缶とスナック菓子を取り出して飲食を始めた。それ自体は問題ないのだが、缶を開けた瞬間、“プシュッ!”という音とともに、ビールのしぶきが中原さんの腕にも飛んできたのだ。
「わっ」
思わず声を漏らした中原さんは、もう我慢の限界だったという。
◆「言ってくれてありがとう」静かな声かけが生んだ車内の一体感
意を決した中原さんは、「Excuse me. Please quiet down.」(すいません、静かにしてください)と英語で声をかけた。男性たちは一瞬驚いたような表情を見せ、「Oh, sorry!」と謝罪したものの、その後もくすくす笑いながら動画撮影を続けた。
彼らの足元には空き缶が散乱。状況が完全に変わったのは名古屋駅だった。乗り込んできた車掌が彼らのもとへ歩み寄った。どうやら中原さん以外の乗客が通報したようだ。
車掌は冷静かつ毅然とした態度で「こちらは静かにお過ごしいただく場所です。他のお客様のご迷惑になります」と英語と日本語を交えて説明した。
男性たちは目を丸くし、「OK, OK」と繰り返しながら、ようやくスマホをしまい、片付け始めた。
車内にようやく安堵の空気が流れる中で、斜め前の席に座っていた年配の男性が中原さんに微笑みかけた。
「言ってくれてありがとう。助かりました」
その言葉が、緊張していた中原さんの心をじんわりと温めた。
日本と海外では文化やマナーの違いがあるとはいえ、公共の場では一定のルールを守ることが大切だと、中原さんは改めて実感したという。そして、たとえ小さな一言でも、誰かが勇気を出すことで状況は変わるのだと、自分の行動に少し誇らしさを感じた瞬間でもあったそうだ……。
しかしながら、他人の行動を迷惑に感じても声をあげにくいのが実情だろう。何かあれば、係員に伝えるのがいちばんだ。
<文/藤山ムツキ>
【藤山ムツキ】
編集者・ライター・旅行作家。取材や執筆、原稿整理、コンビニへの買い出しから芸能人のゴーストライターまで、メディアまわりの超“何でも屋”です。著書に『海外アングラ旅行』『実録!いかがわしい経験をしまくってみました』『10ドルの夜景』など。執筆協力に『旅の賢人たちがつくった海外旅行最強ナビ』シリーズほか多数。X(旧Twitter):@gold_gogogo

