やはり、“クルマ”という乗り物は私たちを別人格に変えてしまうのかもしれません。今回は、そんなあおり運転を受けた被害者が“今ふう”な方法で回避したエピソードです。
◆雨上がりの帰路に忍び寄った違和感
徳光さん(仮名・29歳)が取材中に最初に口にしたのは、「あのときの雨上がりの匂いは、いまでも覚えているんです」という一言でした。午後の仕事を終え、職場から自宅へ向かう片側二車線の道路。アスファルトはまだ湿り、前を走る車のタイヤが上げる水煙が薄く漂う夕刻だったそうです。
「左車線を制限速度の50キロで走っていたんです。特別急ぐ理由もなかったですし、いつも通りの帰り道でした」と彼は語っていました。
しかし、ふとルームミラーを見ると、いつのまにかトラックが異様なほど近い距離で後ろについていることに気づいたといいます。ライトを上向きにされたわけでも、クラクションを鳴らされたわけでもない。それでも“近い”。その距離感が決定的に不自然だったそうです。

「なんか、じっと“観察されている”ような感じがしたんです。サイドミラー越しに、作業員の男性の影が一瞬見えました。顔までは分からないんですけど、じっとこっちを見ている気がして」
雨上がりの空気に混じる、説明できない不安。徳光さんの胸には早くも、言いようのないざわつきが広がり始めていたようです。
◆追い越さない“追跡者”の不気味さ
しばらく走っても、トラックは追い越す気配をまったく見せませんでした。徳光さんがアクセルを緩めても、相手は同じ速度でついてくる。「普通なら右車線から抜いていきますよね。なのに、ずっと真後ろにいるんです。ずっとです」
さすがに恐怖を感じ始めた彼は、なぜこうなったのかを必死に考えました。
と、そのとき一つ思い当たる出来事があったと話してくれました。
「コンビニを出るときに、ちょっと強引に右折してしまったんですよ。後続車がいて、もしかしたら、そのときの車がこのトラックだったのかもしれません」
ただ、その“もしかして”に確信はありません。相手はクラクションも鳴らさず、ただ黙ってついてくるだけ。怒りをあらわにしている様子がないことが、逆に不気味さを煽ったといいます。
信号が赤に変わり、車列が止まる。徳光さんは深呼吸をして気持ちを整えようとしたものの、ミラーに映るトラックは微動だにせず、ただそこに佇んでいる。
「向こうの表情は見えないんです。でも、感じるんですよ、“離れないぞ”っていう圧を。あの感覚は本当に嫌でした」
逃げ切る方法も思い浮かばず、ただ走り続けるしかない。胸の鼓動は早まり、手のひらには汗が滲み始めていたといいます。

