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夜中に他人の布団へ…認知症の79歳父、入居1年で「強制退去」。家族が読み飛ばしていた、契約書の「残酷な但し書き」

夜中に他人の布団へ…認知症の79歳父、入居1年で「強制退去」。家族が読み飛ばしていた、契約書の「残酷な但し書き」

高齢者の住まいとして存在感が増している「老人ホーム」。入居が決まったとき、多くの家族は安堵し、そこで「ゴール」したかのように錯覚します。しかし、老人ホームへの入居は、あくまで新しい生活のスタートに過ぎません。入居時には完璧に見えても、時間の経過とともに綻びが出ることも。一度は手に入れたはずの安住の地を去らなければならない、または自ら去る決断をすることも珍しくはありません。今回みていくのは、認知症の症状の進行により退去勧告を受けた79歳男性のケースです。

「24時間安心」のはずが…入居からわずか1年で突きつけられた「退去勧告」

「まさか、お金を払って入居しているのに、こんな形で追い出されるなんて想像もしていませんでした」

そう語るのは、都内に住む会社員の田中由美さん(52歳・仮名)です。由美さんの父、佐藤健一さん(79歳・仮名)が、有料老人ホームから事実上の「強制退去」を告げられたのは、入居からわずか1年が経過したころのことでした。

健一さんが老人ホームに入居することになったきっかけは、母の他界でした。それまで夫婦二人で暮らしていた健一さんですが、妻を亡くした喪失感からか、急速に認知症の症状が進み始めました。

「最初は『財布がない』といった物盗られ妄想から始まりました。そのうち、夜中に『会社に行く』と言って外を徘徊するようになってしまって。警察に保護されたことも一度や二度ではありません。私も夫も働いていますし、同居して24時間見守るのは物理的に不可能でした」

由美さんは、インターネットや区役所の窓口で情報を集め、必死で入居先を探しました。条件は「認知症の受け入れが可能」で「24時間の見守り体制」があること。予算は月額20万円程度。ようやく見つけたのが、実家から車で30分ほどの場所にある、介護付き有料老人ホームでした。

「見学に行った際、施設長さんが『うちは認知症ケアに力を入れていますから、安心してお任せください』と言ってくださったんです。その言葉を信じて、契約を決めました。父も最初は環境の変化に戸惑っていましたが、スタッフの方々が優しく接してくださり、穏やかに過ごしているように見えました」

しかし、平穏な日々は長くは続きませんでした。入居から半年が過ぎたころから、健一さんの行動に変化が現れ始めます。

「昼夜逆転してしまい、深夜に他の入居者様の居室に入り込んでしまうようになったんです。父に悪気はないのですが、自分の部屋だと勘違いして、寝ている人の布団に入ろうとしたり、置いてあるお菓子を勝手に食べてしまったり……。被害に遭われた入居者様のご家族から、施設側に強いクレームが入るようになりました」

スタッフも懸命に対応してくれましたが、制止しようとすると健一さんが激昂し、大声を上げたり、スタッフの手を振り払ったりすることが増えていきました。そしてある日、施設長から由美さんのもとに一本の電話が入ります。

「『お父様はもう、ここでは見切れません』と言われました。他の入居者様の安全が確保できない、スタッフも疲弊しきっている、と。そして契約書の重要事項説明書にある『契約解除』の項目を示されたのです。そこには小さな文字で『他の利用者の生命・身体・財産に危害を及ぼす恐れがあり、通常の介護方法では防止できない場合』と書かれていました。次の行き先も決まっていないのに、期限を切られて退去を迫られる——あのとき覚えた絶望感は何ともいえないものでした」

「暴力・暴言」「迷惑行為」…施設側が契約解除に踏み切る「一線」とは

「認知症対応」を謳っている施設であっても、症状の進行や行動の変化によって退去を求められるケースは珍しくありません。 施設側が入居契約を解除する、つまり退去を求める理由として多いもののひとつが、利用者による暴力や暴言、そして他の利用者への迷惑行為です。

【老人ホームの主な退去(退去勧告)の理由】

1.経済的な問題

・利用料(居住費、食費など)の滞納が続いた場合

2.共同生活上の問題

・他の入居者や職員への暴力・暴言、迷惑行為が改善されない場合

・自傷行為や他害行為がある場合

3.身体状況・医療対応の問題

・長期入院が必要となり、3ヵ月など一定期間施設を離れることになった場合

・入居後に身体状況が変化し、施設の医療体制では対応が困難になった場合

・要介護度が低下(軽度化)して、施設の入居条件を満たさなくなった場合

4.施設側の都合

・施設が倒産・閉鎖するなど、運営自体が困難になった場合

施設には、入居者全員の安全を守る義務(安全配慮義務)があります。特定の入居者の行動によって、他の入居者が怪我をしたり、精神的な苦痛を受けたりするリスクが高まった場合、施設側は「集団生活の維持が困難」と判断せざるを得ません。

多くの入居契約書には、必ず「契約解除」に関する条項が設けられています。「信頼関係が破壊された場合」や「通常の介護方法では対応困難な場合」といった文言が、具体的にどのような状態を指すのか。契約時には料金や設備だけでなく、こうした「退去要件」についても、具体的な事例を挙げて確認しておくことが重要です。

終の棲家だと思って入居しても、認知症の症状は変化します。「絶対に退去させられない」という施設は存在しないという現実を理解し、万が一の事態に備えて、後見人制度の利用や、転居先の候補についてケアマネジャーと早めに相談しておくことが欠かせません。

[参考資料]

政府広報オンライン『知っておきたい認知症の基本』

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