◆芸能界への背中を押してくれた推しの存在
北海道出身の工藤は13歳で僕愛に加入。グループでは八重樫美伊咲、木下藍とともに“年少トリオ”として知られる。そんな彼女の地元は冬になると、通学するのもひと苦労だったそうだ。
アイドルになる前もクラスメイトから注目されるマドンナ。かと思いきや、本人は「ほとんど女の子としか話していなかったので、全然そういうタイプじゃなかったです」と首を横に振った。芸能界に最初に興味を持ったのは、読者モデル。家族のサポートを受けながら雑誌のオーディションやコンテストなどに挑戦したが、結果は振るわなかった。そのなかで見つけたのが、僕青のオーディション。背中を押したのは推しの存在だ。

◆念願の雑誌モデルと生まれた苦しさ
北海道から上京してからは初めのひとり暮らしに加えて、レッスンと学業の両立が始まる。娘が寂しくならないように、一日に何度も母親がビデオ通話をしてサポートした。そんな親の愛情に加えて、理想のアイドル像に出会えたことも彼女の希望となった。
‘24年4月にはティーン向けファッション誌「nicola(ニコラ)」の専属モデルに合格。念願だった雑誌モデルの夢を叶えたはずだったのに、それが彼女を苦しめる悩みになった。工藤は選抜制が始まったセカンドシングルから5枚目シングルまで青空組にいたが、「ニコラのモデルだから青空組(選抜)に優遇されている」という批判だ。
「モデルの仕事が始まってから、そういう言葉が自然と目に入ってきてしまうことが多くて、勝手にネガティブに捉えて落ち込んでしまうこともありました。6枚目シングルで雲組に移動してからたくさん考えて、どうしたら『工藤唯愛は青空組に必要だ』と納得してもらえる自分になれるのか。本当に、本当に、模索しながら自分なりの答えを今も探しています」

