◆「まるで自宅」車内で自由すぎる外国人観光客

平日の昼間ということもあり、新幹線の乗車率は7割ほど。車内は落ち着いた雰囲気で、乗客はそれぞれの時間を過ごしていた。佐々木さんも一息つきながら、お客様同士の会話に耳を傾け、窓の外の景色を楽しんでいた。
「発車して10分ほど経った頃、同じ車両に乗っていた欧米系の外国人観光客が、座席から大きく足を投げ出し、タブレットで動画を大音量で再生し始めたんです」
イヤホンを使っておらず、英語のセリフや笑い声、派手な効果音が車内に響き渡った。まるで自宅。
「近くの乗客が“迷惑ですよ”という視線をチラチラ送るも、彼は全く気に留めず、画面に夢中になっていました」
佐々木さんは注意すべきかどうか迷っていた。相手が逆上する可能性も考慮し、穏やかに話しかけるべきか、駅員を呼ぶべきか思案していた。
そのときである。車内の空気を一変させる出来事が起きた。
佐々木さんの2列ほど前方から、年配の男性が立ち上がった。
◆言葉の壁を越えて人を動かした瞬間
背筋の伸びた、がっしりとした体格の男性は、ゆっくりと通路に1歩踏み出し、外国人観光客をまっすぐ見据えた。そして、ドスのきいた声で一喝した。「おめ、やめんべ!」
方言特有の荒々しい響きが、車内全体に低く重く響き渡った。「やめろよ!」という意味だが、その発音の力強さと訛りの厚みは、言葉の壁を軽々と飛び越えていったように思えた。
「外国人観光客は、まるで一時停止ボタンを押されたかのように動きを止めました」
意味が理解できなくても、その声の迫力が「これ以上は許されない」というメッセージを十分に伝えたのだろう。外国人観光客は小さく「Sorry」とつぶやき、動画の再生を止め、投げ出していた足も静かに引っ込めた。
背筋を伸ばし、視線を窓の外へ向けたまま、降車まで一言も発さなくなった。
周囲からは「方言の迫力ってすごいな」「方言ってきくなぁ」という声が漏れていた。年配の男性は再び席に腰を下ろし、何事もなかったかのように前を向いたが、その存在感はしばらく車内に残っていたという。
新青森駅に到着し、降車口へ向かう途中、その男性は佐々木さんと視線が合うと、軽く会釈をしてくれた。佐々木さんたちが青森に社員旅行に来ていることを感じ取っていたようで、佐々木さんは思わず「ありがとうございました」と小さく返した。
わずか一言の方言が、言葉の壁を越えて人を動かした瞬間だった。
<文/藤山ムツキ>
【藤山ムツキ】
編集者・ライター・旅行作家。取材や執筆、原稿整理、コンビニへの買い出しから芸能人のゴーストライターまで、メディアまわりの超“何でも屋”です。著書に『海外アングラ旅行』『実録!いかがわしい経験をしまくってみました』『10ドルの夜景』など。執筆協力に『旅の賢人たちがつくった海外旅行最強ナビ』シリーズほか多数。X(旧Twitter):@gold_gogogo

