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半導体製造の要で世界シェア90%を握る…「東京エレクトロン」の大株主の意外な正体

半導体製造の要で世界シェア90%を握る…「東京エレクトロン」の大株主の意外な正体

日本の半導体産業を牽引する東京エレクトロン。多くの製造装置で世界トップクラスのシェアを誇るが、1963年の創業当時、同社の筆頭株主だったのは意外にも大手メディア企業だった。商社として始まり、ベンチャー精神とM&Aで世界首位へと上り詰めた同社。田宮寛之氏の著書『日本人が知らない!! 世界シェアNo.1のすごい日本企業』(プレジデント社)より、その成長の軌跡と、今後1.5兆円を投じる成長戦略を解説する。

世界シェア1位・2位の装置多数「東京エレクトロン〈8035〉」

会社データ

・本社……東京都港区

・売上高……2兆4315億円

・純利益……5441億円

・資本金……549億円

・創業年……1963年

・従業員数……19573人

・上場市場……東証プライム

(業績は2025年3月期)

東京エレクトロンは世界トップクラスの半導体製造装置メーカーで、世界シェア1位や2位の装置を多数抱えている

東京エレクトロンは半導体の製造工程のうち、前工程で使われる装置で高いシェアを占める。前工程では、シリコン製の薄板(ウエハー)の上に、酸化膜や窒化膜を形成させ(成膜)、フォトレジストと呼ばれる化学薬剤を塗布する。そこに、回路パターンを照射したあと(露光)、膜の不要な部分を削る(エッチング)。

東京エレクトロンの装置は成膜工程で使用される「拡散炉装置」「バッチ成膜装置」、フォトレジストの塗布に使用される「塗布・現像装置」(コータ・デベロッパ)、エッチングで使用される「ガスケミカルエッチング装置」で世界シェアトップを誇る。

塗布・現像装置は世界シェア90%…TSMCの“右腕”として成長見込み

特にコータ・デベロッパでは東京エレクトロンが圧倒的に強く、世界シェアは約90%におよぶ。同社の技術力は台湾のTSMCから高く評価されていて、TSMCが主催する2024 TSMC Excellent Performance Awardでは、「Excellent Technology Collaboration」と「Production Support」の2部門で表彰された。

先端半導体の生産はTSMCの独り勝ち状態にあり、サプライヤーとしてTSMCに深く食い込んでいることは今後の大きな成長につながる。

TBSの子会社としてスタート…東京エレクトロンの“意外な過去”

同社は電子機器商社として1963年に設立された。創業者は日商岩井(現・双日)出身の久保徳雄と小高敏夫の2人。

小高は日商岩井時代にエレクトロニクス機器の輸入業務に携わる一方で、TBS(現・TBSホールディングス)を担当していた。創業の際にTBSに出資を依頼したところ、当時、ベンチャー企業投資に熱心だったTBSの眼鏡にかなった。

TBSの子会社としてスタートし、1980年の東証2部上場を機に出資比率は徐々に低下したが、今でもTBSは東京エレクトロン株を3.2%保有する大株主だ(2025年3月末時点)。創業当時はTBSに間借りしており、その後いったん移転したが、1994年から赤坂のTBSビル内に本社を構えている。

「石油ショック」が成長のきっかけに

設立当初は車載用ラジオや電卓といった電子機器を輸出し、半導体製造装置や電子部品を輸入する専門商社だった。設立初年度から黒字で順調なスタートを切ったが、1973年に石油ショックに襲われる。

そこで当時、売上の6割を占めていた車載用ラジオや電卓などの低採算品の輸出から撤退し、成長途上にあった半導体製造装置などの輸入に特化することにした。

ただ、同社は装置を売りっぱなしにはせず、装置の改良やメンテナンスなどのサポート業務にも注力。当時の米国製装置は故障しやすかったため、サポート業務は歓迎されて、装置の販売増加につながった。そうこうしているうちにサポートだけでなく、装置製造も自社でやろうという機運が高まっていった。

一方、日本企業の半導体生産量がどんどん増加していたため、米国の半導体製造装置メーカーは日本国内での装置製造を検討するようになっていた。こうした流れを受けてイオン注入装置製造のテル・バリアン社、エッチング装置製造のテル・ラム社などとの合弁企業を設立。国内の半導体メーカーへ装置を製造販売した。

1985年のプラザ合意をきっかけにした円高不況で、合弁相手のビジネス意欲が低下すると合弁相手から株を買い取って完全子会社化。1986年には半導体製造装置の輸出を開始した。

その後、国内外で売上が伸びて、89年から91年までの3年連続で半導体製造装置メーカー世界トップに輝く

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