
年収が高いのにもかかわらず、住宅ローン審査に落ちる人はいます。金融機関がみているのは、世帯年収の額面だけではありません。本記事では、波多FP事務所の代表ファイナンシャルプランナー・波多勇気氏が、田口健太さん(仮名)の事例とともに、住宅ローン計画を成功に導くための戦略を解説します。※プライバシー保護の観点から、相談者の個人情報および相談内容を一部変更しています。
東雲の角部屋、一本の電話で止まった夢
「日当たり、申し分ないね。ここに暮らす自分が見えるよ」
モデルルームの窓辺で、田口健太さん(仮名/34歳)が図面を畳みました。外資系IT企業勤務、年収1,000万円。妻の佐伯葵さん(仮名/32歳)は広告会社で年収800万円。世帯年収は1,800万円、自己資金は1,200万円です。価格は1億1,600万円、諸費用はおよそ350万円で総事業費は1億1,950万円。差し引きの総借入は1億750万円、等分のペアローンで一人あたり5,375万円を35年返す前提でした。
「管理費と修繕積立金で月5万8,000円、駐車場が1万円。固定資産税の月換算が約1万3,000円、保険で5,000円くらいね」葵さんがメモを読み上げます。
申込書に署名し、二人は期待を胸に帰路につきました。ところが翌週、銀行担当者からの電話は短い言葉で終わりました。
「今回はお引き受けできません」
沈黙が落ち、健太さんが絞りだすように問います。
「理由は、どのあたりでしょうか」
「保証審査が否決です。総合判断のため詳細はお伝えできません」
スマホを置いたリビングで、二人は黙って明細を並べました。健太さんは自動車の分割が月4万5,000円、勤続は7ヵ月。葵さんは奨学金が残高280万円で月2万3,000円。ためらいながら、封筒を取り出します。
「実は、4年前にスマホ端末の割賦を4ヵ月遅らせたことがあるの。完済はしたけれど、信用情報になにか残っているかもしれない」
その夜のうちに二人は本人開示の手続きを調べ、翌朝申込を出しました。筆者はファイナンシャルプランナーとして、結果が届く前に数字の棚卸しから始めることを提案しました。
ペアローン、審査に落ちた本当の理由
信用情報の開示で、葵さんのスマホ割賦に過去の長期延滞の異動が保有中であることがわかりました。ペアローンは名義が別でも双方が主債務者として保証審査の対象です。どちらか一方に事故情報があれば、世帯年収が高くても全体で否決に振れやすくなります。ここに、現在進行形の数字が重なっていました。
まずは審査水準の返済額です。多くの金融機関は実行予定金利ではなく、金利上昇に耐えられるかをみる審査用金利で判定します。前提を年4.0%、35年、元利均等で揃えると、5,375万円の月返済は23万7,991円。二人で47万5,983円です。
次に各人の返済比率をみます。健太さんは住宅23万7,991円に自動車4万5,000円が重なり月28万2,991円、年換算で約339万6,000円。年収1,000万円に対し約34.0%です。葵さんは住宅23万7,991円に奨学金2万3,000円が重なり月26万991円、年換算で約313万2,000円。年収800万円に対し約39.1%です。一般的な目安である30〜35%を葵さんの枠が超えているため、延滞の異動と合わせて不利な判定になったと考えられます。
さらに、家計の固定支出が余力を圧迫します。管理費と修繕積立金で月5万8,000円、駐車場1万円、固定資産税1万3,000円、保険5,000円の合計は月8万6,000円。返済合計47万5,983円に足すと、世帯の毎月負担はおおむね56万1,983円です。
見落としやすいのが申込の出し方です。短期間に複数の金融機関へ事前審査を出した記録はしばらく保有され、慎重にみる保証会社ではリスクと評価されることがあります。勤続1年未満というタイミングも、同じ年収でも安定性の点で差がつきます。
つまり今回の否決は、単独の小さな遅れではなく、異動の保有、各人の返済比率、固定費、申込の集中、勤続の短さといった複数要因が積み重なった結果と考えられます。筆者は二人に、審査を通すための順序を提示しました。
