
農地の相続は、一般的な土地の相続とは手続きの方法が異なるため、注意が必要です。特に、相続人に農業を引き継ぐ意思がなく農地を売却する場合には、複雑な手続きが必要になります。本記事では、波多FP事務所の代表ファイナンシャルプランナー・波多勇気氏が、河合健太さん(仮名)の事例とともに、農地相続の注意点について解説します。※プライバシー保護の観点から、相談者の個人情報および相談内容を一部変更しています。
「農地を継ぐだけだから簡単だと思っていた」
「まさか、こんなに面倒だとは思わなかったですよ……」
そう話すのは、東京都内でシステムエンジニアとして働く河合健太さん(仮名/45歳)。1年前、年金月額8万円で暮らしていた父・修一さん(仮名/72歳)が急逝し、実家のある群馬県の農地と古い母屋を相続しました。
健太さんは一人っ子。母は10年前に他界しており、相続人は彼一人です。地元に戻るつもりはなく、「農業は継がない。土地はそのうち売って処分しよう」と軽く考えていたといいます。
「父も、体が弱ってからは近所の農家に耕作を任せていたんです。だから、相続も簡単だと思っていました。固定資産税くらいなら都内の収入で十分払えるし、農地は誰かしら買い手がつくだろうと……」
しかし現実は甘くありませんでした。相続後すぐに始めた「農地の売却」は、思った以上に高いハードルの連続だったのです。
売りたくても売れない?「農地」という資産の落とし穴
「土地って、売るだけでしょ?」
そんな認識を打ち砕いたのは、地元の不動産業者での一言。
「農地には“農地法の規制”があるので、簡単には売れません」
農地の売却には、農地法第5条に基づく「農地転用許可」や「農業委員会の許可」が必要となります。さらに、農地を農地として売る場合は、買主も原則として「農業従事者であること」が条件。
「近所の農家さんなら買うかも」と思った健太さんでしたが、返ってきた答えはこうでした。
「もうみんな後継ぎがいなくて手一杯です。新しく土地を増やす余裕なんてないですよ」
その結果、農地として売れず、宅地にも転用できず、使い道もないまま「固定資産税だけがかかる持ち家負債」になってしまったのです。
さらに追い打ちをかけたのが、「農業委員会からの継続耕作の確認」でした。「相続したあとも農地として適切に管理されていますか?」という通知が届いたのです。
「正直、雑草が伸びている程度の認識だったんですけど、まさか行政から指導が入るとは……」と健太さん。草刈りのためだけに、月に1回実家へ往復する生活が始まりました。
