研修費用は会社持ちなのか? 自腹なのか?
海外研修制度を利用した従業員が、帰国後5年以内に退職したとして、会社から約450万円の研修費用の返還を求められた。
このトラブルについて、裁判所は「従業員に支払い義務なし」と判断した。
以下、事件の詳細について、実際の裁判例をもとに紹介する。(弁護士・林 孝匡)
事件の経緯
「海外研修制度」、すなわち、この会社には、社員を海外の関連企業で研修させる制度があった。
Xさんは会社が募集していた「海外企業研修員」に応募し、選考試験をクリアした。その後、アメリカの本社で研修することになった。
アメリカに行く前に、Xさんは会社から「以下の規則をよく読んでおくように」と言われた。
【海外企業研修員派遣規則】
研修員が(中略)研修終了後5年以内に退職する場合、(中略)会社が負担した費用の全額または一部を返済させることがある
簡単に言うと「会社がもろもろの費用を出すんだから5年は辞めないでね」というプレッシャーともいえる。
そして、Xさんはアメリカへ出発した。
■ 帰国→退職→覚書の作成
Xさんは、アメリカの企業で研修し、約1年後、会社の要請によって帰国した。そして、帰国から約6か月後に、退職を申し出た。
すると会社は、「会社が支出した研修費用の約452万円を払ってほしい」「規則に書いてる」と、Xさんに請求。内訳は、Xさんと妻の航空券代や荷造運送費、トランクルーム賃借料などだ。
非常に多額であったため、Xさんは減額を申し入れた。Xさんの言い分としては、「本社で財務内容の調査などして会社のために働いた」「研修期間の途中で、詳しい理由も告げられぬまま、急きょ帰国させられたので配慮してほしい」というものである。
Xさんと会社は話し合い、少し減額した上、分割払いすることで合意した。合意内容は「総額約348万円。7年間の分割払い。年間に10〜60万円の支払い」というものだ。両者は、覚書を作成して、Xさんは署名捺印した。
その後、Xさんは、初回の10万円を払った。
しかし・・・Xさんはいろいろと知識を獲得したのだろうか。その後、会社に対して「費用を返す必要はないはず」「この費用は会社が負担すべきものだ」と主張したのである。
しかし、会社はXさんの主張を聞き入れず、Xさんを相手取り提訴した。
裁判所の判断
Xさんの勝訴である。裁判所は「この会社の海外企業研修員派遣規則は労働基準法16条に違反しており無効」と判断した。
【海外企業研修員派遣規則】
研修員が(中略)研修終了後5年以内に退職する場合、(中略)会社が負担した費用の全額または一部を返済させることがある
【労働基準法16条(賠償予定の禁止)】
使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、または損害賠償額を予定する契約をしてはならない。
労働基準法16条に照らして、裁判所は、会社がXさんに返還を求めた費用を「違約金」であると認定した。裁判所が着目したポイントは「今回の派遣は業務命令である」「会社のために派遣されている」という点だ(詳細は以下)。
- この研修は、会社の関連企業で業務を行うことにより、会社の業務遂行に役立つ語学力や海外での業務遂行能力を向上させるものであって、その実態は社員教育の一態様である
- 費用は、業務遂行のための費用として、本来会社が負担すべきもの
これを踏まえて、裁判所は次の思考過程により、会社からXさんへの返還請求は無効であると結論付けた。
- これは会社が支出すべきものである
- Xさんに負担させてはいけない
- Xさんに返還義務はないので、会社が求めている費用は違約金である
- 労働基準法16条に違反しており無効
他の裁判例
なお、今回はXさんが勝訴したが、従業員が負けた裁判もある。
【従業員が勝った裁判例】
- 新日本証券事件:東京地裁 H10.9.25
- 和幸会事件:大阪地裁 H14.11.1
- 徳島健康生活協同組合事件:高松高裁 H15.3.14
【従業員が負けた裁判例】
- 長谷工コーポレーション事件:東京地裁 H9.5.26
- 野村證券事件:東京地裁 H14.4.26
- 東亜交通事件:大阪高裁 H22.4.22
上記の裁判例で勝負を分けたのは、その費用が会社が出すべきものと認定されたか、それとも、従業員が出すべきものと認定されたかである。
今回の事件のように「業務命令」なのであれば、会社が出すべきものと認定されて、従業員が勝訴する。逆に「これは【自主的な】技能習得である」と認定されれば負ける。己のスキルアップなのだから、それは自分で払うべきだという価値判断である。
最後に
従業員を足止めするために研修費用の返還を義務づけている企業もあるようなので、疑問を感じたら、弁護士に相談することをおすすめする。

